Quirk of fate/Onslaught

 



 待ち合わせ場所に指定された時間の10分前には到着したと思っていたのに、既にレヴィオはその場所に立っていた。俺を見付けるとすぐに片手を上げて、いつものように笑いかけてくる。
「よう、急かして悪いな」
 それはこっちの台詞だ。足早に駆け寄ると、同じ装束を身にまとったレヴィオが俺の頭に手を乗せる。エルヴァーンにしてはそれ程大きくないレヴィオ。それとも、俺が他のエルヴァーンに威圧感を感じているだけだろうか。アルノー様や教皇様はもっと大きかったような気がするのだ。
「急に呼び出してごめん」
「暇だって言ったろ」
 行こうか、と俺を促してレヴィオは歩き始める。やっぱり歩幅は俺に合わせてゆっくりだ。集合時間まで十分過ぎる程に余裕があるから、あえてチョコボには乗らずに徒歩を選択する。何を話そうか、口を開きかけては閉じて、ただ俯いた。
「おまえにさ、こんなふうにお願いなんかされたことないから」
 こちらも見ることなく、レヴィオがそう言った。頷くほか、なかった。
「ちょっと嬉しい」
 まるで樹林を散歩するように、レヴィオは開けた道を歩く。半歩遅れて、慣れた道をついて行く俺。
「俺は、おまえのためならなんだってしてやるつもりなんだがな」
「それは、罪滅ぼし?」
 一瞬レヴィオの歩みが止まって、ため息混じりに首を横に振った。
「それもある」
 ない、と言われて信じることなんて出来なかったから、正直に返ってきた答えに安堵した。
 だけど、レヴィオが責任を感じる事はないのだ。あの場にとどまったのは俺がそれを選んだからで、俺が俺自身をあの場所に縛り付けて、逃げられないようにしていただけの事。あの場所で俺を束縛していたのは、信仰という鎖だった。
 ただ、実際問題として俺が帰りたい、と言って受諾されたかどうかという問題はあるが、少なくとも軟禁生活ではあったものの、監禁ではなかった。昼間は普通に修道士見習いとして働くことを許されていたし、夜さえ我慢すれば、アルタナ様のおそばにいることを、あの大聖堂で教皇様に従事することを許されていたのだ。
 世間知らずで無知だった俺は、大聖堂で働くということがどれだけ大変かを知らなかった。修道士の階級や、何年修行を積んだか、なんて、知りもしなかった。自分の信仰を認められたい一心で、愚かだった。
「それも、って他に何かあるの」
 後で知った事だったけれど、レヴィオはそこそこに地位の高い修道士だった。俺の身体を毎晩のように弄んだ修道士たちよりも、ずっと、高い地位にいた。それなのに、彼らの遊んだ玩具の後始末を押しつけられて、俺の面倒を見せられて。罪滅ぼしどころか、俺を恨んだっておかしくはないのに。
 レヴィオは少しだけ黙って、それから誤魔化すように、俺がそうしたいだけだよ、と言った。俺はいまいち理解出来ずに、ふぅん、とだけ答える。レヴィオが一瞬だけ俺の方を向いて、何か言いたげにしたけれど、俺はすぐに視線を外してしまってそれきり目的地に着くまで会話はなくなった。
 目的地では随分早く到着したにも関わらず、主催の黒魔が待っていて、俺を見付けると大きく手を振った。
「ありがとう、えっと」
 足早に駆け寄って彼はレヴィオの手を取ると、満面の笑みでお礼の言葉を繰り返した。俺がレヴィオを紹介すると、本当に来てくれてありがとう、と何度も頭を下げる。彼はリンクシェルでも人懐っこく、明るい。暇持て余してたから大歓迎だ、と笑ったレヴィオに黒魔も釣られて微笑んだ。
「お、もういるじゃん」
「あなたお友達いたのね」
 珍しく早い時間からリンクシェルのメンバが集まり始めた。多分その殆どが、リンクシェル以外に知り合いなんかいないと思われていた俺の友人を見に来たに違いない。まるで最初から居たとでも言うかのようにあっさりとリンクシェルに馴染んだレヴィオは、時折俺の方を気にしながら雑談に高じていた。
 突然腕を取られ、カデンツァ、と酷く低い声が俺を呼んだ。
 振り返った先にはツェラシェル。
「終わったら話がある」
 ツェラシェルの表情はなく、淡々とそう言われて頷いた。あの日の言い訳も、この様子からは聞いて貰えそうにない。じっとツェラシェルを見上げると、ふと視線が俺の後方へと向けられた。
 振り向かなくても分かる。
 ツェラシェルが今、誰と視線を交わし、にらみ合っているかなど。
 舌打ちの音が聞こえる。普段からは想像も出来ないほど、酷く澱んだツェラシェルの気配。怖い、顔をしていた。
「やめて、終わったら話そう」
 そう言うことしか、出来なかった。


 

 

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