Quirk of fate/Onslaught

 



 もやもやとしたままイリズイマはすぐに終わった。
 俺は何をしていたのかさっぱり覚えていなかったけれど、地面に横たわる巨体を見ても以前のようなわき上がる衝動はなかった。そんなことで今自分は安定している、だなんて確認して思わず苦笑いをこぼした。
 リンクシェルメンバは既に帰り支度を始めていて、次々とデジョンする者、飛ばして貰う者、一人一人とワジャームから消えていく。主催の黒魔はとても喜んで、帰ろうとするレヴィオにお礼をと、準備してきたのであろう小さな革袋を手渡した。
「いやいいよ、礼はカデンツァから貰うわ」
「貰ってよ、じゃないと次も声かけにくいでしょ」
 溶け込んだ雰囲気。他のリンクシェルメンバからも、今日来ることが出来なかったシーフの代わりに是非次も、なんて冗談まで飛び出したりしていた。僅かに離れた場所にいるツェラシェルの顔を、俺は見ることが出来なかった。ツェラシェルの近くにルリリが居ることを確認して、胸をなで下ろす。レヴィオは笑いながら革袋を受け取って、俺の方へと寄ってきた。
「ありがとう」
 俺からも礼を言うと、レヴィオはその大きな手で俺の頭を数度撫でる。
「いつでも呼べよ」
 背後で聞こえてくるデジョンの音。
「お前がこうやっていい人達に囲まれていることも、誰かと一緒にいる事も、分かってよかった」
「なに、それ」
「お前がひとりじゃなくてよかったってこと」
 かき乱されるのは、穏やかだった心の海。ざわざわと、音をたてて波が押し寄せてはひいていく。
 なんて返していいか分からなくて、戸惑った俺に、主催の黒魔が送るよ、と声をかけてきたことで会話はそこで途切れた。レヴィオがお願いしようかな、と黒魔に向き直り、軽く手を挙げる。
「じゃあ戻るわ、さっきからあの赤魔の視線が痛い」
 まあ、俺はそれだけの事したし。そう続いた言葉は途中で聞こえなくなった。レヴィオを包んでいく魔力の渦。視線をツェラシェルの居た方向に移せば、表情のないツェラシェルと目があった。ツェラシェルの足下でルリリが困惑した表情で俺を見たけれど、すぐにお手上げだと言わんばかりに頭を横に振る。喧嘩でもしたの、そう彼女は目で問いかけてきたけれど、うまく返せずに視線をそらした。
「飯、おごるわー」
 黒魔がリンクシェルでそう言って、数人が歓喜の声を上げた。場所はアルザビの、いつものレストランで、席を先に確保しておいて、何人くる、注文いれといて、だから何喰うんだよ、飲み物は、次々と飛び交う会話がただ右から左に流れる。
「ルリリ、お前も来るだろ、飛ばすよ」
「おねがいしますわ、ツェラ様も来るでしょう?カデンツァも」
 ルリリの問いかけに、初めてツェラシェルがいつものように柔らかい表情で笑った。
「後で行く。ちょっとカデンツァと話が」
「おうよ、じゃあいつものレストランで適当にやってっから、後でな」
 渦に飲まれていくルリリの心配そうな視線。最後の魔力の渦が消えると、辺りには風の音だけが残った。賑やかなリンクシェルとは対照的に、静寂が続いた。
「話、って」
 無言の間に耐えきれずそう口を開いた。
 突然もの凄い力で腕を掴まれて、握っていた片手剣を取り落とす。
「お前はあの男に何されたか分かってんのか」
 荒げた声。含まれる静かな怒り。
 何もされていない、言いたかったけれどこれ以上怒らせるのは得策ではないと口を噤んだ。
 だけど、本当に何もされていないのだ。レヴィオだけは、俺に、何もしない。あんな中にいて、毎日のように俺と誰かのセックスを見ていても、彼だけは何もしてこなかった。目の前にお手軽な性処理用の玩具があったというのに、ただ黙って、他人の精で汚れた俺の後始末をし続けた。
 同情だったのだと思う。それでもよかった。彼だけは。閉ざされた世界で、レヴィオだけは、優しかった。
「かばうのか、あいつを」
「ちがう、なんだっていいだろ。ツェラシェルには関係ない」
 ツェラシェルの手を振り払い、きつく睨み付ける。
「大ありだ」
 唸るような低い声に一瞬怯んだ。
「あのことなら忘れて。あんたも嫌でしょ、男とセックスなんか」
 瞬間、乾いた音がワジャーム樹林に響いた。
 頬を強く張られたのだと、そう気付いたのは、頬にじわじわと鈍い痛みが広がってからだった。
「忘れない、忘れられるわけがない」
「ごめん」
 条件反射のように口から零れた謝罪を、ツェラシェルは大きなため息で遮る。
「俺はお前のどんな些細なことも忘れない、忘れるつもりもない」
 一歩距離を詰めてきたツェラシェルに、思わず一歩後退った。
「お前の『本当』が知りたい」
 のばされた手。
 頬に触れる、冷たいグローブ。
「お前が好きだ」

 

 

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