Paint me Blood/Onslaught

 




 やや集合時間を遅れて、ツェラシェルが数人のメンバを引き連れて到着した。
 チョコボの群れが一斉にアルザビに向けて帰還していく。それを目で追いながら、たっぷりと水を含んだコッシャレの裾を絞った。ルリリは必死になって濡れた髪の毛を整えて、ぐしゃぐしゃになってしまった顔を俺に向けて恨めしそうに睨んでくる。ツェラシェルが着たのに側に行かないのはきっと彼女なりのプライドなのだろう。
「カデンツァ、お前のとこだけ局地的な雨でも降ったのか」
 そんなルリリの気持ちも知らず、ツェラシェルはチョコボを下りた足で真っ直ぐに俺の側にやってくる。じっと顔を見つめられて、顔色を確認しているのだと理解した。
「大丈夫だよ」
「お前がそう言うなら」
 ツェラシェルののばされた指先が、濡れた髪の毛の一房を掴んだ。一滴伝っていく水が、否應なしにあの日のジャグナーを思い出させる。ツェラシェルの冷たい翡翠の瞳を思い出させる。
 フラッシュバックするジャグナーでの出来事を振り払うかのように視線を地面に下ろすと、ゆっくりとツェラシェルの指が離れていった。
「悪い」
「あぁ、いや」
 シャポーを目深にかぶりなおしたツェラシェルの影を目が追う。続く言葉が見つからなくて沈黙が支配した。
「じゃあ準備出来たらおびき出しますよ」
 不意に耳に飛び込んできたその一言で、雑談に興じていた緩い雰囲気は一気に引き締まる。ツェラシェルはそのまま俺の側から離れると、後衛達の元へと向かった。
 滅多に見ることの叶わない巨大なパママを取り出して、まるで供物を捧げるかのように岩の上に置いた。そのパママは芳醇な香りを辺りに振りまいて、風に乗ったその香りがマーリドを呼び寄せる。遠巻きに身を隠した俺たちはじっとイリズイマが現れるのを待った。
 ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。
 遠い地響き、何かが近づいてくる気配。緊張感に胸が高鳴った。
「来たぞ」
 香りに釣られたイリズイマがその巨体を草むらからあわらした。次々と飛び出すメンバたち。
 罠を仕掛けた俺たちと、罠に掛かったイリズイマ。いずれは俺もああやって元同胞だった者に狩られるのだろうか。余計な思考は行動を鈍らせる。カデンツァ、と呼ばれて慌てて剣を抜いた。
 イリズイマの体表はかたく、なかなか致命傷を与えることが出来ない。小さく無数の傷から流れ出た血が、イリズイマがその巨体を揺らすたびに飛沫となって降り注ぐ。生温かな『生』の感触に身体の中の魔が昂ぶっていくのが分かった。
 鼻息荒く、イリズイマの前足が正面にいた忍者の身体を吹き飛ばす。同時に着弾するいくつもの轟雷がさらにイリズイマの怒りを買った。
 柔らかい場所などひとつもない。モンクの拳が立派な牙を折ろうとも、竜騎士の槍がかたい皮を浅く貫こうとも、イリズイマはその巨体で挑みかかってくるのだ。そこに諦めなどない、彼は最後まで戦い抜く戦士だ。
 忍者が立て直す隙を作ろうと、顔の皮膚の一部を反射板のようなものに変えた。目を閉じて息を吸う。瞬間的に輝く六角形のパネルが、イリズイマの視力を一時的に奪う。魔力を放出した反射板はまるで元からなかったかのように空気に溶け込んで消えていった。この瞬間だけは、ぴりぴりとした痛みが、身体の中心、埋め込まれた水晶体に走る。それが何故なのかは分からないけれど、魔の力を解放することを自身の身体が望んでいないのではないかと、最近はそう思うのだ。
 それでも、この魔の力に頼らなければ、自身の力などたかがしれている。この身体の中にいる魔がいなければ、何も出来やしないのだと、理解している。
 手甲を外し、腕をまっすぐに伸ばした。体中が軋んだ音を立てて、伸ばした腕が変化していく。薄紫色に輝くルミニアンの腕、痛むのは変わっていく腕じゃあない。思わず痛みで背が仰け反るも、歯を食いしばることで耐えた。こんなことを何度も繰り返して、何度も身体を魔に明け渡して、今は戻ってくれる魔も、いずれはこの身体を乗っ取ったまま離さなくなるのだろう。
 そのときは思っていたよりもずっと近い日の気がして、唇を噛みしめた。



 

 

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