Paint me Blood/Onslaught

 




 戻って来た俺を待っていたのは、リンクシェルメンバの暖かなおかえりの言葉と、明らかな飢えだった。


 豆のスープを飲んでも、シュトラッチを食べても、胃が満たされていてもその狂気にも似た飢えは収まらない。その飢えは身体の奥深くからじわじわと俺の身体を蝕んで、生きるもの全てを食らいつくせと囁きかけるのだ。今は抗えないほど強い衝動でもない、だがいずれこの衝動は俺を人在らざるものに変えていくだろう。
 青魔道士の宿命。
 喰らった魔が、さらなる力を欲する。魔が器を駆り立てる。胸の奥に感じるじん、と痺れるような感覚。解放されようと魔が暴れ出し器が軋んだ音を立てた。
 今更後戻りなど出来ないと分かっているのに、あの日、両親と逢ってから『食べる』事をやめた。それでどうにかなるわけじゃない事は、自分自身が一番よく分かっているというのにだ。


「カデンツァ、今日花鳥風月やるんだが来れそうか」
 ツェラシェルにそう声をかけられて、頷いた。
 この場所に俺が居ることを知っているのはリンクシェル内でも少ない。いつものアルザビ辺民街区、通称白門。中央にある蛇王広場。噴水を見下ろせる二階の特等席からは忙しく動き回る冒険者の姿がよく見えた。ここは人が集まりやすく、色々な募集が飛び交う。その中で面白そうな募集を見付けては参加するのが何もないときの俺の過ごし方。
 リンクシェルに所属するようになって、こういった機会は驚くほど減ってしまったけれど、基本的なスタンスは変わらない。飛び交う募集シャウトを聞きながら、ぼうっと流れる雲を眺めるのは好きだ。
「どうかした?」
 無言で俺を見つめるツェラシェル。彼は丁度よくできた日陰にしゃがみ込んだ俺を見下ろして、顔を顰めた。
「お前さ、戻って来てから顔色悪くないか」
 そうかな、と答えるとツェラシェルは腰を屈めて覗き込んでくる。
 飢えはもうそこまで現れているのか。近づいてくるツェラシェルの唇が、やけに赤くて、まるで熟れた果実のように瑞々しく、俺は無意識に身を乗り出した。
 何をしたかったのか。唇が触れあいそうな距離で我に返った。
 もう一度見た彼の唇の色は、全く赤くなんてなかった。
「何時くらいから、かな」
 取り繕うかのようにそう言って視線を下げた。ツェラシェルもまた、戸惑った様子で1歩俺から離れる。
「あ、あぁ、午後からって聞いてる」
「じゃあ準備しておく」
 立ち上がろうと腰を上げると、ツェラシェルの手が差し出された。無意識にその手を取り、立ち上がる。日陰だった場所から急に太陽の下に晒されて思わず目を閉じた。
「やっぱり顔色悪いな、やめとくか?」
「大丈夫、昨日頑張りすぎて寝不足なだけだ」
 それを聞いてツェラシェルが一瞬目を細め、ややあってため息をついた。ならいいが、と小さく聞こえた声に、じゃあまた後でと返してレンタルハウスへと向かう。
 『食事』をこんな長い期間抜いたのは初めてだった。いつも喰らった後自己嫌悪する癖に、俺は欲求に負けて食らいつく。血に濡れた唇の感触を思い出し、胃が締め付けられた。食べたものは同じように食道を通って胃に溜まるはずなのに、干し肉や加工製品では飢えは凌げない。
 不意に美味しくない、そうぼやきながら文字通り『食べた』インプの味を思い出す。
 他の青魔道士はどうしているのだろうか。身近な人は、その姿を見ても友人として扱ってくれるのだろうか。俺は、人として扱って貰えるのだろうか。
 そんなことを考えていたらいっそう飢えが加速した気がする。
 もし、この飢えを克服する事が出来たなら、それは青魔道士と言えるのだろうか。よく分からない。最初に手を取ったときに、人であることをやめたのだ。それでいいと、思ったのだ。説明はされなかったけれども。
 今更後悔するなんて馬鹿げている。
 今更抗って、一体何処へ向かっているのだろう。



 

 

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