Ordinary days/Onslaught

 




 誓いを破って『食べて』しまったことへの後悔よりも、ツェラシェルと衝動的なセックスをしたことの方が当たり前だが胃が重い。顔を合わせたくない一心で、調子が悪いと嘘をついてリンクシェルのイベントを休んだ。こんなことをするくらいなら、最初から後悔するような行為などしなければいいのに。そう分かっているのに抗えない衝動だったと、俺は自分自身に言い訳をする。こんな事になるなら、我慢せずにいつもと同じように『食べて』おけばよかったのだ。そうすれば、あんな衝動など起きやしなかったのに。
 セックスの後に残るのは、いつだって後悔だ。
 充足感や満足感なんて何一つない。けして気持ちのいい行為でもないのに、どうして俺は受け入れることを望むのだろう。いや、実際は望んでいるわけではなく、相手が男だろうが、女だろうが、どちらでもよいのだけれども、俺に声をかけてくるのは大体が男だっただけの話だ。
 俺にとってのセックスは、する側の一方的な快楽を得るための暴力であり、魔を食して昂ぶった身体を窘める鎮静剤でしかなかった。そこにあるのはただの利害関係のみ。
 体内に取り込んだ魔を当たり前のように制御出来るようになってから、そんな衝動は殆どなくなっていたし、セックスする事も忘れていたように思う。セックスにいい思い出なんかひとつもないから、遠のくのも当たり前なのだけれども。
 あの薄暗いジャグナーで、ノールに犯されたことをきっかけに、忘れていたことも、忘れようとしていたことも、思い出さなければならないことも、全て鮮明に、鮮烈によみがえった。それはまるで止まっていた時間が動き出すように、凍っていたものが再び息を吹き返すかのように。
 甘ったれた時間はおしまいだ、ということだ。俺は色々と、それこそ自分自身にも、色んなものに対しても、しっかりとけじめをつけなければならない時期に来ているのだろう。
 すぐに出来るか、と言われると、出来そうにないけれど、やらなくてはならないんだと思う。

 リンクシェルで行くはずだったリンバスを休んで、時折聞こえる彼らの会話を聞きつつぼうっと白門を歩く。
 何か食べようか、それとも、『食べる』べきか。飢えてもなければ、空腹でもないけれど、そんな微妙な感覚の中、露天からいい香りが漂ってきたので、吸い寄せられるようにふらふらと近づいた。露天で焼いていたのはバルックシシと言われる、この国の串焼きだ。魚の肉とトマトを串に刺して味付けしたもので、羊肉のシシケバブより俺にとっては随分と食べやすい。
 どうしようか、ともう一度バルックシシに目を移したところで耳に届く聞き慣れた低い声。
「カデンツァ?」
 振り返ると赤い髪を丁寧に立たせたレヴィオがじっと俺を見ていた。
「随分と顔色がよくなったな、調子はよくなったのか」
 開口一番、出てくるのは調子のことだ。彼は昔と何一つ変わらない。
 そうやってレヴィオは俺の体調を気遣いながら、次は誰に差し出すかを考えていたというのに。
「ああ、うん」
 曖昧にそう返事して、レヴィオから視線を床に落とす。
 先日蛮族軍が攻めて来たとき、たまたまアルザビで一緒になり背中を合わせて戦った。その時は件の花鳥風月と、飢えて『食べた』挙げ句、追いかけてきたツェラシェルとワジャームの草むらで衝動的なセックスをした後だったこともあって、酷い顔色をしていたように思う。そんな状況でも調子自体は腰が怠いくらいで何ともないのが青魔道士たるところか。
「腹減ってんのか」
「あー、うん、まあ」
 返事が全て曖昧になるのはそうでもないからだ。
 未だに俺はレヴィオとの距離をつかめないでいる。どう、接していいのか分からないまま、レヴィオはまるでお互いの間に何もなかったかのように振る舞う。それはきっと俺に余計な事を考えさせないためだ。
 本当に錯覚してしまう。レヴィオとは、何もないただの友人だったのだと。
 今となっては、お互いその方がいいのかもしれないのだけれど。
「なんだ、じゃあ少し待てるか」
「何が」
 じゃあ、なのかと顔を上げると、レヴィオは笑って俺の肩を叩いた。
「ちゃんとしたうまいもん、喰いに行こうぜ。ル・ルデで待っててくれ、不確定品を鑑定して分配してから行くから」
 ああ、彼はナイズル島探索アサルトの帰りなのかと理解した。
 分かった、と返事をすると、安心したようにレヴィオは微笑む。俺はその笑顔を直視できずにまた目を地面へと向けた。
「先、行ってる」
 逃げるようにそう言ったのが分かったのか、レヴィオは何かを言いかけて息を吸った。その瞬間が分かって俺の心臓はまたぎゅっと掴まれたように萎縮する。
「ル・ルデにいるから、早く、な」
 レヴィオの言葉を遮ってそう言った。うまく笑えたか自信がない。それでも、精一杯笑った。
 言葉を飲み込んだレヴィオが頷いたのを見て、今度こそ逃げるようにジュノへと転送してくれるタルタルの元へ走る。俺は、分からないなりに前へ進んでいかなければならない。過去は消せやしないけれど、いつまでもそこに束縛されていてはいけないのだ。ついて回る過去を背負って、俺は今を生きていかないといけない。
 分かっているのに、目の前には奥へと続く道があるというのに、まだ俺はそこが崖だとでもいうかのように一歩も踏み出せないまま立ち止まっている。

 

 

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