Departures/Onslaught

 




 地面に組み敷かれ、咥内を動き回る舌が人間のそれではない、と気付く。
 驚くほど熱をもったそれは、俺の舌を絡めたり、好きなように動き回った。俺と言えば、濃い血臭とその味に浮かされ、ぼうっとする頭で人間のように見える彼のされるままになっていた。
 身体を這い上がってくる冷たい手。
 腰の後ろに回された手が、尻を抱えたのが分かった。
 ぼうっとする頭で、自分が餌なのかそれとも昂ぶった身体をおさめるための道具なのか考える。だけど、それもどうでもいいとさえ思った。唇伝いに施される、僅かとは言え甘美な臓物の味が、飢えた俺を唯一癒していく。
 甘美だ。
 素肌を撫でる冷たい手のひら。冷たい、と感じたのはその手が濡れていたから。僅かにぬるりとした感触は覚えがある。見えていないのに素肌が鎧のように染まっていくのが分かった。
 器用に一つ一つ外された革鎧が音を立ててワジャームの草に落ちる。
 腰に熱いものが当たっても、太股を押し上げられても、ここがワジャームのはずれであることも、近くにアルザダール遺跡の入り口があることも、全ての思考が溶けていくかのように形にならずに霧散していった。ふわふわと、浮いているように全ての感覚が自分のものではないようで、誰に見られるとか、そんなことはどうでも良くなっていたのだと思う。
 見知らぬ同業者とセックスしている。
 音を立てて男のものが身体の内側に入り込んできたことで、初めてそのことを実感した。ぬるぬるとした不可思議な感覚が下半身を包む。男の顔はエルヴァーンそのもののはずなのに、その輪郭は朧気で、明後日の方向を向いているように見えた。
 そう、おかしいと認識した瞬間だった。
 ずるり、とエルヴァーンの顔が崩れた。何処へ消えたのか、どうなったのか、一瞬のことに思考が停止する。
 ぱっくりと割れた額。そこから覗くのはただの暗闇。何があるのかも分からなかった。
 口があったところにあるのは、醜悪な触手。目は左右に開き、まるで俺を映すかのように赤い。
 ゆらゆらと揺らめく触手が俺の唇を押し広げ、喉の奥へと入り込む。苦しくて初めて抵抗しようとあげた腕はあっさりと彼の手によって地面へと押しつけられた。掴まれた腕に食い込む爪、それを見たときに、彼は既に彼ではなくなったと、俺はこんな状況にも関わらず、すんなりと受け入れる。
 こんなの、何度も見てきた。
 己のうちなる魔に対抗しようとして、逆に飲まれた同業者を。彼もまた、その一人だったのだと。
 いつか俺もああなってしまうのだ、そう考えれば考えるほど、その時はやっぱり同業者よりレヴィオに殺して欲しいと思った。俺は勝手だ。勝手にそんなこと押しつけて、レヴィオの気持ちも考えずに。
 押し進められる腰に、俺の身体も動いた。
 腹の中をうごめくそれも、既に人のものではなかった。どことなく水生生物を思い出させる、そんな感触に顔を顰めた。喉の奥へと入り込む苦しさに噎せても、気にせず行為は続けられる。粘着質の唾液ともつかない体液が喉の奥に注ぎ込まれ、そこで二度噎せた。
 腹の違和感はむしろ気色悪く、驚く程長いそれが身体の中を出たり入ったりと繰り返す。尻が持ち上げられ、僅かに自分の腹が視界に入った。まるで自分の腹ではないように膨れたそこは、外側から見てもはっきりと内側で何かが蠢く様が見て取れる。
 突き上げられる度、気持ち悪く蠢く腹。
 だけど不思議なことに痛いとか、苦しいとか、そんな感覚はなかった。
 ただ、お腹が熱い。どう考えても、内臓の中を滅茶苦茶にされている気がするのに、気持ち悪いとも思わない。ただただ、動かれる度に押し出されるように呻き声が漏れるだけだった。
 涙でぼやけてしまった視界で微かに分かる彼の身体は、人のそれに見える。だけど、俺の咥内に差し込まれている舌は舌とは思えなかったし、俺に入れられているはずのペニスはもはやその原形をとどめてはいない。時折腹の奥の方で拡がる熱が、精液のようなものなのかどうかも分からない。
 変容したモノとのセックスなんて、初めてだった。
 いや、途中で変容したモノ、か。変容してしまえば、そこにあるのは食欲しかない。
 肉として食されず、性として食される。その最中で、魔に屈した。
 嗚呼、自分たちはこうして、人在らざるものへと変容していくのか。
 俺はいつ、こうなってしまうのだろう。


 

 

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