Crazy Heart/Onslaught

 




 好きなんだ、って事をどうやったら、どう伝えられるのか。
 どうしたら理解して貰えるのだろうか。
 どうすれば、お前も俺のことを好きになってくれるのか。
 こんな恋なんて、したことがない。胸を焦がす思いも、締め付けられるような思いも、したことなんてなかった。考えれば考えるだけ、狭い路地にはまって身動きが取れないでいる気がしてならない。
 俺はカデンツァを、どうしたい。

 黒魔に白門まで送ってもらい、そのままカデンツァはアルザビ方面の俺のレンタルハウスまで歩いてくる。どう見ても、俺よりもカデンツァの方が顔色が悪い。カデンツァの部屋を通り過ぎたところで足を止めると、カデンツァは不思議そうな顔で振り向いた。
「お前の部屋、ここだ」
「その様子だと大丈夫そうだけど、ルリリに頼まれてるから。あんたの部屋まで行く」
 人の出入りの激しい白門のレンタルハウスを抜け、アルザビ側まで来ると比較的静かだ。以前はアルザビ側にも沢山の冒険者がいたが、今は蛮族軍の侵攻があるたびに酷くざわつくため面倒でそのまま、の俺のような人間以外は殆ど白門に居を移した。
 自室の前でカデンツァを見る。
 じゃあ、これで。そう唇を開いたカデンツァの手を引いて、無理矢理一緒に自室に飛び込んだ。手早くドアを閉めて、そのドアにカデンツァの身体を押しつけて抱きしめる。咄嗟の出来事に硬直していたカデンツァが藻掻いた。
「ちょっと、ツェラシェルやめて」
 細い手が俺の肩を掴んで、押しのけようと力を込める。だけど、身体の大きさで押さえ込んだ俺の力に叶わない。けして俺はこんな事がしたかったわけでは。自分自身に言い訳をしながらも、俺の腕はカデンツァを逃がさない。
「頼む、俺から逃げて行かないでくれ」
 暴れるカデンツァの腕を掴んで、その額に唇を寄せた。
「お前が欲しいんだ」
 不安なんだ。お前が俺を置いてどこかへ行ってしまいそうで。俺のことなんてこれっぽっちも覚えてなさそうで。
 俺のことを見てくれ。もっと、深く俺を知ってくれ。俺がお前をこんなにも欲しているということも、全て。
 そして俺は。
「お前の全てが知りたい」
 ゆっくりと唇を近づけると、カデンツァは僅かに顔を背けた。ちくりと胸に刺さる棘。
 肌を重ねて全てが分かるとは思わない。だけど、今の俺にはこうすることでしかお前を好きだと伝えられない。
「カデンツァ、好きだ」
 好きなんだ。言葉は陳腐だ。
 ドアに押しつけたまま、抱きしめる華奢な身体。小さな吐息が抱きしめた耳元で聞こえた。
 額に、頬に、耳元に。唇を落としていく。
「抱きたい」
 そう言うと、カデンツァが僅かに目を細めた。その意味を俺が知るのは、随分後になってからだった。
 唇を押し当てて、その柔らかいカデンツァの唇を貪る。だけどあの時のような、俺の舌に絡みつく反応はカデンツァから返ってくることはなかった。
「俺とキスは嫌か」
 自嘲気味にそう言ってみたら、意外な言葉が返ってくる。
「わからない。キス、あまりしないから」
 じゃあセックスは。そう聞いてみたかったけれど、さすがに聞くことなんか出来るはずもない。
「じゃあ、目を閉じて」
 カデンツァの瞼に唇を落とし、そう囁いた。唇に長い睫毛の感触。
「少しだけ、口を開けて」
 薄く開かれた唇に、噛み付くように重ねた唇。ドアに身体を押しつけたままの格好で、小さなカデンツァの顎が上を向く。時折必死で息を吸う音が聞こえて、慣れないキスに戸惑うのが分かった。
 身体を抱きしめていた手をゆっくりと下ろしていき、小さな尻を撫でる。装束の留め金をひとつひとつ外していくと、音を立てて革鎧が床に落ちた。装飾品の金具が乾いた金属音を立てる。
 この金具も、このベルトも、一度無理矢理外した。
 今は、あの時と違う。
 コッシャレが白い太ももを滑り落ちて、床に重なった。その上にひとつ、ふたつと飾り紐が、留め飾りが落ちていく。背中で締められた革紐を弛めれば、傷一つない白い肩が露わになった。
 赤い、布が。アトルガン絹布が一枚、また一枚と床に散らばっていく。まるで、花びらが散るかのように。
 カデンツァの細い指先が踵の留め金を外すと、手首にある小手飾りの革紐を最後にその肌を隠すものは一つもなくなった。


 

 

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