Crazy Heart/Onslaught

 



 カデンツァとあの男の関係が分からない。
 レヴィオ、と名乗った緋髪のエルヴァーンは、俺の期待を裏切って人懐っこい笑顔を浮かべ、すぐにリンクシェルに溶け込んだ。特にイベント企画を担当する黒魔があいつを気に入ったらしく、ここ最近のイベント活動においてあいつの名前が出てこない日はない。
 正直なところ、イライラする。
 あいつはカデンツァを、酷く傷つけた。多分。あの二人の間に何があったのかは分からない。けれど、断片的に見た俺の記憶では、一方的にあいつがカデンツァを傷つけたように映った。
 あの日俺が見たのは、のど元を鋭利な刃物によって切り裂かれてはいたが、あからさまにセックス中だったと分かる、下半身を無様にさらけ出した白魔道士と鎧を脱いでいたナイトの死体。その側には、殆ど裸同然で、薄青の装束がまるで乱暴に引き裂かれたかのように身体に残る、カデンツァの姿。そこで何が起きていたかなんて、想像力に乏しい俺でも分かった。
 名前を呼ぼうとして躊躇ったのは、カデンツァがあいつに跨っていたからだ。カデンツァはあの男に馬乗りになり、構えた曲刀の切っ先は、間違いなくあいつの喉を狙っていた。
 俺はあいつを、あっち側の、ナイトと白魔側の人間だと思った。
 真実は分からない。弱みを握られているのかもしれない。もしかすると違うのかもしれない。
 あの時、カデンツァがよくない噂のある二人とジャグナー森林に向かったと聞いて何度も連絡を試みた。その二人は、既にこの世にはいない。彼らと一緒に向かったはずのあの男、レヴィオの噂はなかった。
 あれから知り合いにあいつの風評をそれとなく聞いてみたが、悪い話なんてひとつも出てこなかった。いい話も聞かなかったが。
 目立たない男。身につけている装飾品や武具は殆どが特注品で、あれだけ揃えたらそれにまつわる話のひとつでも出てきそうなものだったがそれもなく、俺は正直少し落胆した。だけど、他人の粗を探し回ってそれに喜びを見いだすような真似をしている俺は、もっと醜い。
 明るくて、表裏がなさそうに見えて、人懐っこく、溶け込んではいるが深入りしてこない。そこまで分別のつく男が、カデンツァに何をした。
 何もかもが分からない。
 俺には分からないのに、あいつとカデンツァは何かを知っていて、その何かを共有している。そこに俺が入り込む隙はない。
 そうなのだ。俺は蚊帳の外だ。
 あの男がカデンツァの事を思っていることはすぐに分かった。今の状況で、唯一俺に勝算があるとしたら、カデンツァがあの男の気持ちに気付いていないことだ。あのだだ漏れの雰囲気で鈍いにも程があるが、今はそれがありがたいのも確かだったりもするわけで。
 けして束縛したいわけではないが、俺はどうやら随分独占欲が強いらしい。人の事は言えないが、俺の前では素のカデンツァでいて欲しい。自分をさらけ出すのは怖い。だけど、俺はそれが知りたい。全てを知りたい。そして、全てが、欲しい。
 空活動の集合時間に間に合うようにアビタウ神殿の前に行けば、今日の指揮を執る黒魔がなにやら数名と相談していた。嫌な予感はしたが、異を唱える理由など言えそうにもない。
「あ、ツェラシェル。今日朱雀やろうと思うんだけど、やっぱりいつものメンバじゃあ足りなくてさ」
「知り合いに掛け合ってみるよ」
 いつものように笑顔でそう答えた。本当なら、足りないメンバを全てかき集めて、彼の二言目に出る言葉を阻止したい。だけど残念ながらそれは叶わぬ願いだ。
「ありがとう、こっちはレヴィオさんに聞いてみる。あと一応カデンツァにも」
 やっぱり。カデンツァは空の空気が微妙にあわないのか、空活動の手伝いに来るたびに調子を崩しているから、そこの所だけ黒魔に釘を刺しておいた。分かってる、と笑った黒魔は本当に理解しているだろうか。カデンツァはそう言うところを何も言わないから、こうやって都合よく手伝いに駆り出されるのだ。
 出来る事なら、一緒に色々と出来ればいいのだが、残念なことにカデンツァは空活動には興味がない。無理矢理来いよ、と誘えば嫌な顔一つせずに来るだろう。だけど一方的なそれではダメなのだとこの俺でも最近気付いた。

 知り合いを通じて手の空いていそうな知人数名を確保することに成功し、そのことを黒魔に伝えると、黒魔もまたレヴィオとカデンツァに手伝いの約束と取り付けたらしく親指を立てて俺を振り返った。
 やはりあいつは来るのだ。
 手伝いに来てくれる連中を待つ間に、いくつかの素材を四神召喚用の石に替えてしまうことにして、集まっているメンバで出来る事から順次片付けていくことにする。カデンツァもあいつも準備なんて殆どしていないのが分かるくらいに早くこちらへ向かってきて、未だ準備の整わないこちら側の都合で随分と待たせることになった。
 正直、申し訳ないというよりも、二人きりにさせた事の方が俺にとっては気が気じゃあなかった。また、あいつがカデンツァに何かするような事がないとは限らないではないか。
 カデンツァは困ってはいないだろうか。
 俺の思い過ごしならいい。あまりよくはないけれど、あいつはお前に本当にもう何もしないのか。
 市街戦で見た光景を思い出して、否定するかのように首を横に振った。まるで、俺の居場所はどこにもないのだと、そう言われた気がして胸が締め付けられる。どうすればいい、どうしたらいい。
 どうしたら、カデンツァ。お前は俺を見てくれる。
 

 

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