Collapse/Onslaught

 




 ここ、アトルガン皇国からサンドリアに行くには、マウラまで外洋航路を辿って船に乗り、そのままセルビナへの機船航路を使ってクォン大陸に渡るのが早い。セルビナを出てバルクルム砂丘を抜ければすぐに広がるラテーヌ高原、半日ほど歩けばレンタルチョコボもある。
 とはいえ海路と陸路を辿っていく旅はやはり時間がかかる。地図上では近くにあっても、いざ移動してみると随分遠い場所にいるのだなと思わされるものだ。
 ミンダルシア大陸や、クォン大陸に戻るのは久しぶりになる。あれから一度も戻っていないのだから、当然といえば当然なのだが、ここ一年戻ろうとか行こうとすらしなかった俺自身、帰郷を無意識に避けていた気もする。
 ただサンドリアに戻るだけだというのに、随分と長い旅になるのだなと思う。
 この国は魔法文化に後れを取っている割に、移動に関する魔法には随分と力を入れていて、所属国に一瞬で戻れるような魔法もあるけれど、俺は登録された正規の冒険者ではないから利用は出来ないのだという。俺は一般的な冒険者で当たり前に持っているはずのものを持っていないのだと知った。

 帰郷するので、しばらく不在にします。
 そう、リンクシェルで告げたとき、俺は初めて自分の出身がサンドリアであることを含め、自分自身のことをリンクシェルで話したことがなかったことに気付いた。どこかで一線を引いていたのか、それともそんな話題になることがなかったのか、どちらにせよ俺はどこかで他人を遠ざけていた。きっとそういった些細な空気は簡単に伝わったはずだ。
 それでも心配した何人かのメンバが、大丈夫かと声をかけてくれた。俺は言葉を濁して誤魔化すことしかできなかったけれど、何かを察してくれたのか、彼らはそれ以上詮索してくることはなかった。
「ちゃんと、戻ってくるわよね?」
 最後まで話を聞いて、ルリリが確認するかのようにそう言った。
「戻ってくるよ」
  そう言って笑ったら、ルリリも安堵したように笑った。
 

 ゲートハウスを出て、自室に戻ろうとしたところをツェラシェルに腕を掴まれ引き留められた。
「本当に戻ってくるよな?」
 真剣な目で見つめられて、俺は何も言えずツェラシェルの腕を握り返す。
「なあ、カデンツァ」
「戻るよ、戻るって。だから離せよ」
 居住区のあるゲート前にはたくさんの冒険者が待ち合わせなどに使う。そこはある種のロビーと化していて、各々雑談に興じたり、今日の戦果を報告していたりするのだ。そんな人混みのなか、俺たちの姿は傍目には喧嘩をしているように映るだろう。慌ててツェラシェルの手を振り払い、俺は彼の視線から逃れるように目をそらした。
「どこかへ行ってしまうような気が」
「馬鹿言えよ」
 壁際に追い込まれ、逃げられないようにその手が俺の退路を塞ぐかのように壁に押しつけられた。エルヴァーンにしてはそれほど大きくはないツェラシェルが、俺の顔を覗き込むように背中をかがめる。
「俺はお前の過去に何があったのか知らないし、今は聞くつもりもないけれど」
 そこでいったん言葉を止め、ツェラシェルは少しだけ思案した。言葉を選んでいるのが分かる。
「今はここがお前の帰ってくる場所だと思ってる」
「は、何を言って」
 笑おうとした言葉はうまく声にならなかった。
 俺がここ以外にどこへ行くって言うんだ。ここ以外に、どこに帰れと言うんだ。
 そう思っていたのに迷いを見透かされた気がして、戸惑った。戻らないと決めたわけではない。ただ、自分自身何処へ向かえばいいのか分からなくなっていた。両親と会って、またサンドリアで家族で暮らすことが出来るのだろうかと言えば、多分否だ。
 それに両親は魔となった俺を、普通に受け入れてくれるのだろうか。俺は怖くて言えそうにない。アルタナを裏切ったことさえ、言えないだろうというのに。
 今まで考えもしなかったことが色々とあふれ出す。
 俺はそこからどうすればいい。見失った道は何処へ続いている。止まっていた時間は、動き出してしまった。
「とにかく帰ってこいよ、絶対だ。後のことは、またそこから考えればいいだろ」
 ツェラシェルは多分勘違いをしている。
 リンクシェルのメンバでも、数人が故郷に帰ると言って冒険者をやめた。俺もまた、そうだと思っているのだ。もう、帰るところなんてないのに。
 なんて返せばいいか分からずにただツェラシェルを見上げる。ツェラシェルは何故か自分のつけているピアスを外すと、俺の手を掴んで手のひらにのせた。
「これ、貸しとく。たかいんだ、必ず返せよな」
 知っている。これはツェラシェルが必死で買い求めたものだ。
 こういう約束もありかもしれない。きっと俺は、こんな約束でもしないとダメなんだろう。
 俺はピアスを握りしめると、代わりに自分のつけていたピアスを外した。俺の目の色と似た色のピアスは、赤魔道士のツェラシェルには無用のものだ。逆にツェラシェルのピアスもまた、青魔道士の俺には使い道がない。
「じゃあ、これ代わり。戻ったら必ず返すよ」
 そう言うと、厳しい顔をしていたツェラシェルがやっと笑った。
 こういう危うい繋がりを、ツェラシェルは俺に求める。俺はいつも、どう応えていいのか分からずに戸惑う。それでもこんな些細なことが、俺をこの場所につなぎとめているのだと気付いた。
 ルリリもそうだ。彼らはいつだって俺がすぐに諦めて手放そうとしてしまう何かをつなぎとめてくれていた。
 俺は、この確かな繋がりを、断ち切ってはならないのだ。
「なぁ、カデンツァ。帰ったら、俺の話を聞いてくれ」
「ろくなことじゃあない気がする」
「そうかも」
 笑って目を閉じたツェラシェル。
「約束をしよう、カデンツァ」
 俺は頷く。

 これがきっと、明日を迎えるということなのだ。
 暗闇の中を手探りで進んできた俺の目の前に、小さく灯った淡い光だ。

 

 

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