Collapse/Onslaught

 



 市街戦は熾烈を極めた。
 トロル軍の先発隊があっさりと競売方面を制圧し、炎の将軍が戦線離脱すると一気にトロル軍の士気が上がった。急襲部隊が来たこともあり明らかに皇国軍は劣勢だ。
 重たそうな身体を宙に浮かべ、ワモーラ成虫が焔を纏った鱗粉で周囲を灼き焦がしていく。酷く醜く膨れあがったクラスターが数十人の傭兵達を巻き込んで爆発した。鼻につく、肉の焼けた臭い。折り重なる死体、うめき声。
 そんな地獄の中で、腕や頬に出来た無数の切り傷と火傷は、俺が生きていることを教えてくれる。
 そしてじわじわと、俺の中で燻る熱は全身へと広がって行くのだ。その熱が俺の身体の全てを灼いた時、それが俺が変容するときなのだ。
 その刻は、一体いつ訪れるのだろうか。
 怖くない、と言えば嘘になる。それでも。数多の生き物の断末魔を聞きながら、俺はどこかでそのときがくるのを待っている。
 風の将軍が戦線を離脱したことを告げる伝令が飛んだ。劣勢もいいところだ。
 沈み行く国と共に朽ち果てるのも悪くはないのかもしれない、なんて思うほど俺はこの状況を楽しんでいる。戦いに明け暮れたいわけではない。だけれども、一瞬でも頭を真っ白にしてくれる血の香り。何も考えずにただ目の前の獲物を屠り、喰らい尽くす。
 俺は魔物なのだと、自覚する瞬間。
 それは何故かとても甘美で、身体は正体の分からない何かによって満たされていくのだ。
 目の前のトロルに深く腕を突き出すと、鋼鉄の合間の柔らかい肉を爪で引き裂く。怯んだ隙にのど笛めがけて剣を振るえば、吹き出した生温かな血の雨が俺を染めていく。ゆっくりと地に倒れゆくトロルの向こうを、緋色の髪が走り抜けた。その背中を追う数匹のトロル。
 戦況は芳しくないのに、何故か安心した。
 まだ戦える者達が集まって、少しずつだが確実にトロル達を倒していく。
 水将軍の救援を求む声が上がる。状況は悪いままだ。それでも、この青い空の下、知らない連中と手を取り合って、何のためにあるかも分からないようなものを守るのは楽しい。それは、きっと心のどこかで本当に守らなければならないものではないと分かっているからのようでもある。この国には申し訳ないが、所詮我ら傭兵は冒険者なのだ。
 2匹目のトロルを始末すると同時に、同じルートを走っていくレヴィオと目があった。
 苦しそうに喘ぎながらも走り続けるレヴィオは、俺の姿を見つけると唇の端をあげて笑った。終わりの見えない道を走っているというのに、レヴィオもまた楽しそうだ。
 苦笑いで返したのを、レヴィオは分かっただろうか。
 それから、すぐに終わりは訪れた。
 天蛇将の勝利の雄叫びが響く。真っ直ぐ、天高く伸ばされた腕が、俺たちに対する礼だ。戦後処理をしながら、俺は無意識にレヴィオを探す。背中に負った傷は酷いはずだ。
 周りから見れば、俺は愚かなのだろう。
 自分でもどうかしていると思う。
 広場を一周して、レヴィオらしき死体も、怪我人もいなかった。きっと生きているのだろう。それならよかった。
 待ち合わせの北門には行かない。
 そう決めて、まだ燻る瓦礫に腰掛けた。じわりと広がる疲労感。
 レンタルハウスへ戻って寝てしまおうか、と思いながらも先ほどの羊皮紙の束を取り出した。一度腰を下ろすと、なかなか立ちにくい。せめて根底を彷徨う魔力が僅かに回復するまでは、と、羊皮紙を開く。
 最初の文字に息を飲んだ。
 指が震えて文字がよく見えない。

 嗚呼、まさか。

 俺は羊皮紙を握りしめると、待ち合わせの北門前へ走った。


 

 

Next