Cloudy Misfortune/Onslaught

 




 彼らにとって、きっとカデンツァの真実なんてどうでもいいのかもしれない。
 同じ団体に所属しながらも、結局は他人なのだ。つながりなんてこんなにも脆くて、危うい。それを必死になって繋ぎ止めようとして、歪んで。その軋みはいずれ大きな口を開けてリンクシェル全体を、いや、俺を飲み込むのだろう。
 彼女が悪いわけではない。彼女の言い分ももっともだ。
 火のないところに煙など立たない。そういった噂を立てられる原因がなにかあったのだろう。それは単純な妬みからかもしれないし、本当にそういう事実があったのからなのかもしれない。
 だけど、醜い。彼女も、俺も醜い。
 何かの見返りに、ベッドをともにすることを求める。身体の見返りに、何かを要求する。求めた者も、それを受け入れた者も、どちらも一緒だ。醜くて、汚い。
 それはカデンツァを求めながら、安易に身体に手を伸ばした俺も同じだ。
 俺はカデンツァに、愛の見返りを求めたのだ。

 シャララトを出ると、蛮族軍がバフラウ段丘の防衛線を突破したことを告げる警鐘が鳴り響く。
 この音は嫌いだった。アトルガン皇国の雇われ傭兵である以上、皇都を守る義務があるのは理解している。それでも好きになれないものは仕方がない。あの、皇都の真ん中に位置する魔笛の音を、何故みな聞こうとしないのか。不気味な音を奏でる魔笛が、一体この皇都に何をもたらしているのか誰も考えようとしない。考えたところで分からないから、無意味だと言われるとそうなのかもしれないが。
 あれの近くには、行きたくない。それは、分からないものに対する恐怖と同じようなものかもしれない。
 あぁ、そうだ。俺は怖いのだ。
 わけの分からないものを守って命を散らすことが。
 俺自身まで、無意味なものになりそうで怖いのだ。
 じゃあ、意味のある死とはなんなのか。とどのつまりは、俺は、他人のために死ぬなんてまっぴらなのだ。どうせ死ぬなら俺自身のために死にたいのだろう。自分自身のための死、など、想像も付かないが。
 自宅となっているレンタルハウスへ向かおうとしてふと思いとどまる。俺の自宅はアルザビ側にある。市街戦の始まったアルザビ方面など、ポポトイモを洗うような混雑具合だ。舌打ちしながらレンタルハウスのある方向へと向かうと、見知った赤い装束がアルザビ方面へと駆け抜けていくのが見えた。
 カデンツァ。
 一瞬追うのも、声をかけるのも躊躇っている間に、カデンツァは風のように走り抜けていってしまった。寝ていたところを蛮族軍の襲来を示す警鐘で起こされたのだろう。そこまで考えて、はたと気付いた。カデンツァは先ほどまで俺を受け入れていた身体で市街戦に参加するというのか。
「ありえないだろ」
 そう呟いてカデンツァを追いかけた。当然俺の視界から消えてかなりの時間がたつが、目指す場所は同じだ。人民街区の門が次々と閉ざされていくのを見ながら、滑り込むようにして戦闘区域に飛び込む。背中で門が閉じられる音がした。
 ここ、人民街区は皇都の外周に位置するためもっぱら蛮族軍との戦闘区域となる。そのため、皇都の安全を守るため、蛮族軍襲来の際は至る所で扉が固く閉ざされるのだ。来襲により一度閉ざされた扉は蛮族軍によって壊されるか解放されるかしない限り、彼らの撤退以外で開くことはない。
 バフラウ側の門が大きな音を立てて崩れた。寄付金を募り、砦の守りを強固にしたところで蛮族軍の侵攻は防げないならば意味がない。とはいえ、なおさなければ今以上にあっさりと皇都侵攻を許すのだろう。
 崩れた城壁からマムージャたちが押し寄せるのが遠目に見えた。いたる所で上がる戦闘開始を告げる雄叫び。皇都を守ろうとする傭兵や皇国軍があふれかえるザッハーク広場を抜けてカデンツァを探した。
 先ほどまで晴れていた皇都の空は今はどんよりと曇っている。まるで未来を暗示するかのように。
 一雨、来そうだった。
 プークやブガードの群れが押し寄せる広場で、天蛇将と一部の傭兵が孤軍奮闘していた。俺が探しているのは、赤い『英雄』の装束に身を包んだ小柄なヒューム。分かっているのに、ついプークの巻き起こす風で傷を負ったミスラ戦士に治癒の魔法を投げかけた。ミスラは少しだけ驚いて、そして安堵したようにありがとう、と言った。
 これだから市街戦は嫌いだ。てめえのケツも自分で拭けないような連中が、自分の側にいるかも分からない他人を当てにして身体張って、命を賭ける。
 賭ける相手は、この街か、それとも得体の知れない魔笛か。あり得ない。隣にいる他人を信用して、途切れそうな程に細いつながりを当てにして、一緒に戦っていると錯覚して。
 なあ、あんたはこの戦闘が終わった後も、俺のことを覚えていてくれるのか。
 誰の記憶にも残らないのは、怖い。
 俺は、怖い。


 

 

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