Cloudy Misfortune/Onslaught

 





 リンクシェルの大半のメンバは、俺がカデンツァのことを気にかけるのは、彼にリンクパールを渡した手前の責任からだと思っている。あまり馴染もうとしない彼を、イベントやLS活動に連れ出すのはいつだって俺の仕事だ。冒険者活動の大半をソロや野良で済ませ、イベントごとにはあまり顔を出さないカデンツァのことをよく思ってないメンバも少なくない。それをはっきりと表立って言わないのは、どこかで俺が誘った人だから、という遠慮があるのだろう。
「カデンツァと言えばさ、あの子びっくりするくらい美人だったよ」
 既に半分ほど食べ終わったケーキを名残惜しそうに見つめて彼女は言った。今更、何を言ってるんだと思ったが、言わないでおく。彼女が言うには、普段あまり一緒に行動しない上、俯いているかクロークを目深にかぶっているかではっきりとその容姿を見たことがなかったのだとか。
 興味がなかった、と推測するのは容易い。
「今日さ、ツェラ様来るちょっと前にカデンツァとルリリがいつものように巫山戯あってて、こっちは戦闘前の集中してるってのに空気読めよとか思ってたんだけど、その時にカデンツァが転んじゃってね。水溜まりってか池に」
 あぁ、それでずぶ濡れに。納得した。
「すっごい可笑しそうに笑っててさ。ビックリしちゃった。その時に初めて顔まじまじとみたよ、私」
 彼女は声を上げて笑ったカデンツァを初めて見た、と若干興奮気味に話し、他のメンバも驚いていたことを面白そうに喋った。
 カデンツァは俺の知らないところで、少しずつ変わっているということを突きつけられた気がした。そして、いつだってカデンツァの笑顔を引き出すのは自分ではないのだという絶望。
「あんなに綺麗な子だとは思わなかったのよね、勿体ないことしちゃった」
「もっと優しくしておけばよかった?」
「意地悪だなぁ。違うけど、なんかルリリにうまいことしてやられた気分なのよね」
 最後の一口を幸せそうに食べ終えて、小さく手を合わせると彼女はごちそうさま、と言った。
 彼女の言うその意味は、ルリリがカデンツァをちゃっかりとキープしていたように見えたということだ。カデンツァはルリリに少なからず好意を抱いているだろう。それが恋だの愛だのというカテゴリなのかは分からないが。
「彼らは本当に仲のいい友達だよ」
 そう口に出したのは俺の醜い嫉妬だった、だなんて目の前の彼女は分かるのだろうか。
「でもさ、噂もうなずけるっていうか」
 彼女の言う噂。
 噂というものは非常に厄介なもので、それが真実だろうが、虚偽だろうがお構いなしに広がる。それらに時期などなく、過去の過ちだったとしても、たった今起こったかのように繰り返されるのが常だ。
 カデンツァには、そんな噂がいくつかついて回る。
 どれも取るに足らない、他愛のないものだと思えない。そんな噂。だけど俺がカデンツァにリンクパールを渡すまでの、彼の生活など知らない。だから、噂は信じない。
「あんだけ綺麗な子なら、あり得るなぁって」
「何が」
 チャイを両手で抱えて彼女は小さなため息をついた。
「LSのハゲがね、カデンツァのホマムが汚れたものだっていうの」
 ホマム装束は、この地方特有の装束で、英雄、という意味を持つ革鎧だ。カデンツァをリンクシェルに勧誘した時期から考えると、彼がホマム装束を手に入れた当時は入手経路すら不確かで、まだ手探りだったはずだ。今でこそ随分と冒険者の間で戦略や戦術が練り直され、比較的簡単にホマム装束を入手する機会を得られるようになってきたとはいえ、その価値は健在だ。
 俺は彼女の次の言葉を待った。
「枕営業したって」
 聞き慣れない言葉に一瞬戸惑う。
 その言葉の意味を理解するとともに、彼女にそれを面白可笑しく話したであろうリンクシェルのメンバーにも怒りが込み上げた。
「リーダーに取り入って、身体で優先得た有名な話しだって」
「莫迦な」
 俺は、聞いている。彼が何度も通って入手した事を。
 本当に大切そうに、魔物の飛沫を拭き取りながら、これは何度も通ってやっと手に入れた大事なものだから、と恥ずかしそうに俯いたカデンツァを知っている。何度もダイス勝負をして、何度も負けた事も、だ。あの様子が、そんなことをして簡単に手に入れたものへの態度だとは思えなかった。
 それとも、それすらも偽りだというのか。
 何が真実で、何が。
「それ、信じてる?」
 そう聞くと、彼女は口籠もった。
「だって、あれはそう簡単に手に入るようなものじゃないし、あの子うちに来るまで大きな団体所属したことないって言ってたし、そういうのもあるのかなって」
「同じリンクシェルのメンバだろ」
「だから信じろ?直接的なつながりなんて、彼と私にはないよ。たまたま同じところに所属しただけ。火のない所に煙は立たないでしょ、似たような事したんじゃないの」
 俺はため息をつくと席を立った。
 背中に俺の名前を呼ぶ声が聞こえたが、振り返ることはしなかった。自分が怒っているのか、それとも、落胆しているのか、それすら分からない。もう、何が本当で何が嘘なのかも分からなくなった。
 脳裏のカデンツァが、血のような赤い瞳と唇で、こうしたかったんじゃないの、と何度も繰り返す。




 

 

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