Cloudy Misfortune/Onslaught

 




 引き抜いた熱は空気を含んだ音ともにワジャームの湿った土に白濁色の液体をぶちまけた。
 口元を押さえつけていた手を離すと、カデンツァは苦しそうに新鮮な空気を身体に取り入れる。開いたままの足の間から、俺が中で放った精が嫌な音を立てて溢れた。
「あぁ」
 やっちまった。
 それが正直な感想だった。女性経験はそれなりにあるが、男相手などカデンツァに逢うまで考えたこともなかった。逢った当時も、どうしたいのかなんて事は全く思いつかなくて、カデンツァのことを知っていくうちに男ともセックス出来るのだと知ったくらいだ。
 でも、カデンツァとセックスしたいわけじゃなかった。もっと、言葉に出来ない、形にならないものを欲しがっていた気がする。それを愛だとか、心だとか、そんな陳腐な言葉に置き換えることは出来ない。自分でも分からない、何かを欲しがっていたようにも思う。だけど、結局たどり着いたのは、手の届く、目の前にある、形在るもの。
 身体。
 多少勝手は違うが、いざやってみれば男女のセックスと大して変わりないカデンツァとのセックス。
 いや、果たして今のはセックスと呼べただろうか。
 肩で息をしながらもう一度ため息を声に出すと、カデンツァは同様に荒い息をつきながら俺を睨み付けた。ギラついていた柘榴石の瞳が潤んで、まるで血の色のように揺らめく。
 誘ったのはどちらだったか、いや、そんなことはどうでもいい。衝動的に抱いた身体は小さくて、華奢で、そして今まで抱いたどんな女よりも気持ちよかった。
 多分、そこは笑うところ。
 中で出してしまった事の意味を理解するのには多少の時間が掛かった。呼吸を整え始めたカデンツァの尻に指を這わすと、慌てた様子で手首を強く掴まれる。
「自分でする」
 少しだけ掠れた声がそう言った。そこには、慣れている、という含みがある。
 はだけてしまった鎧を軽く整えて、カデンツァは胴鎧の裏側に丁寧に縫い付けてあった呪符を切った。言い訳する暇も、取り繕う暇も与えられない程その動作は流れるように行われ、慌てて伸ばした手は魔力の渦に飲み込まれるカデンツァには届かない。
『ツェラ様、カデンツァは大丈夫?』
 タイミング悪くリンクシェルからルリリの心配そうな声が響いた。
『大丈夫、吐いたらすっきりした』
 なんて返そうか一瞬の迷いの間に、カデンツァが普段と変わらない声でそう言った。持っていた呪符を引き裂いて、無駄だと思いつつもカデンツァを追いかける。
 手に残るのはカデンツァの微かなぬくもり。
 最初に触れたとき、死体のように冷たい肌に驚いた。けれどもゆっくりと触れた部分が、じわりと熱をもっていく。冷たい指先がまるで俺から体温を奪うように熱くなっていく。生気を吸われている、とでも言うのだろうか。それでもいい、と思わせるのはカデンツァの魔性だろう。
 彼は目を奪われるほど美しき魔物だった。

 ホームポイントに設定した白門の一角からモグハウス方面へと走る。カデンツァの姿を探すも付近にそれらしき人影は見あたらない。走りながら携帯端末からカデンツァに連絡を入れるも繋がらないテル。
「クソ」
 舌打ちすると同時にリンクシェルからカデンツァの柔らかい声が響いた。
『どうも調子悪いから今日はこのまま寝る、水かぶったのがよくなかったかも。ルリリも気をつけて』
 部屋に戻ってしまったのだと、理解した。
 リンクシェルで数人からおやすみ、と声が掛かるのを呆然と聞く。
 カデンツァは、他人を部屋に入れない。レンタルハウスは彼にとっての聖域で、そこを侵すことは誰であっても赦されない。以前ノールで酷い怪我をしたとき、弱っているカデンツァの隙を突いて部屋に入り込んだ。そう言っても差し支えないだろう。実際彼の許可を得て部屋に上がり込んだわけではないのだから。
 意識の混濁したカデンツァの荷物をあさって部屋の鍵を探し当て、無理矢理入ったレンタルハウスには、何もなかった。
 本当に何もなかったのだ。



 

 

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