Burn my Dread/Onslaught

 



【→side:Zeller→】

 カデンツァが部屋に戻った形跡はなく、俺はため息と一緒にドアに拳を強く押し当てた。
 先ほど知り合いの冒険者から買ったサンドリア産珈琲豆の瓶がポケットの中で音を立てた。安直に機嫌を取ろうとしたわけじゃなかったが、知り合いの女の子たちのように、シャララトに連れて行ってミルクたっぷりのチャイとイルミクヘルバスをご馳走してどうにかなるわけがなかった。
 俺は頼りないだろうか。何でも話せるにたる男ではないのだろうか。
 先ほどカデンツァの特等席を見てみたがそこにはいなかった。何処にいるのだろうか、食事でもしているのだろうか、と考えて、どっちの食事だろうかと思いを巡らせる。
 長い時間一緒にいたように思ったが、俺はカデンツァが行きそうな場所を知らないのだと思い知った。思いつかないのだ。ぼうっとLSの会話を聞きながら、特等席から見下ろす噴水と、自宅。蛮族軍が来ていれば、アルザビの戦闘エリアに居るだろうことは想像に容易いが、こうやって一日の大部分をカデンツァがどこで過ごすかなど知りもしなかったのだ。
 何処へ行ったんだ。
 携帯端末のリストにはカデンツァが西アトルガン方面にいることだけを伝えている。いっそ連絡してしまおうか、と何度も操作しては途中でやめるを繰り返した。
 カデンツァは冒険者で、このアトルガン皇国の傭兵だ。自宅やシャララトにいなかったといって心配するような事ではないし、何処へ行っていたかなんてそれこそカデンツァの勝手だ。だけど明け方まで一緒にいて、それであんな別れ方をして、逃げるように安宿を出たカデンツァが、そのまま任務に就くとは思えなかった。
 帰ってくると、思っていた。
 今にも泣きそうだったあの顔が目の前をちらつく。
 俺はいったいなにと同じなのだろうか。カデンツァにとって、俺の存在は。
 ふと、まさかあの男のところに行ってるのではないかと掠める嫌な思考。考えれば考えるほど深みにはまっていく。俺の在籍するリンクシェル以外での、カデンツァの交友関係など知らない。そもそも、カデンツァに親しい友人がいたということすら初めて知ったのだ。どう親しいかはさておいてだが、少なくともあの男はカデンツァの過去をよく知っているのだろう。俺やルリリ相手とはまた違った、無意識の態度。信頼しているとはまた別だとは思うが、共有の例えば、記憶だとか、理念、そういう類のつながりを感じた。
 もし、あの男の所に行ってるとしたら。
 カデンツァは、あの男とも身体を重ねるのだろうか。
 そう思ったら居ても立ってもいられない、俺の悪い癖。あの男もカデンツァをあの腕に抱くのか、俺のいない場所で、いや、あの港の安宿で、カデンツァを。
 大体傭兵として普通に部屋をレンタル出来るというのに、あの安宿を何のために利用するのか。部屋で出来ないことをするに間違いはないのだが、ではあれをカデンツァに教えたのは誰だ。あの男じゃないのか。
 カデンツァの部屋を移動して広場へと向かおうと重い足を引きずったとき、目の前から待っていた人物が歩いてくるのが見えた。一瞬頭の中が真っ白になって、今まで考えていたことがごっそりと抜け落ちる。
 頭の中を支配するのは、あの男と。
「カデンツァ、何処に行ってたんだ」
 喉から出てくるのはきつい声。そんなつもりではなかった、そう後で思い返すと言うに違いない。近寄って、状況を把握していないカデンツァの腕を乱暴に握った。微かに香る、花の香り。鼻孔をくすぐる、僅かに湿気った髪の毛から漂う知らない石鹸の香りが理性を奪っていくのが分かった。
「何処で、何をしてきたんだ」
 荒い声にカデンツァが怪訝な表情で俺を見上げる。
 唇がなに、と言いかけたのを強く引っ張ることで遮って、俺はカデンツァを居住区の細い路地裏へと連れ込んだ。雨で湿った石壁に身体を押しつけて腰をまさぐる。ちょっと、と抗議の声をあげたカデンツァの口を押さえ、装束の腰紐を弛めてコッシャレをずらした。



 

 

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