Burn my Dread/Onslaught

 



【←side:Leviony←】

 落ち着かない。
 窓の外でしとしとと降り続く雨の音だけが部屋に響く。
 どんよりと曇った空、アルザビの向こうに見える黒雲は何を暗示しているのだろうか。雨はいっこうにやむ気配を見せない。カデンツァが出て行ってから、まだ2時間と42分だ。
 今日はまだ、あと10時間と27分ある。
 まだ、大丈夫だと自分に言い聞かせて、今日もう何度目になるだろうため息をついた。
 ベッドに横になり、何もない天井を見上げ、雨の音を聞く。普段なら、このまま寝入ってしまいそうなほどのゆったりとした日常がここにあるというのに、今はただ落ち着かないだけだ。繰り返しため息をついては、壁掛けの時計の針を眺める。
 まだ、さっき時計を見てから針は1分たりとも進んでいない。
 何故あんな事を口走ったのか、今更後悔したところで取り返しなどつかない。俺はこうして、取り返しのつかないことを繰り返してきた。流されているように見せかけて、諦めたふりをして、これは俺が選んだ道ではないと、言い訳してきた。誰かのせいにしていたわけではなかったが、なにかのせいにしていたような気がする。
 サイドボードにのったままの鳴らない携帯端末。
 レンタルハウスの外に人の気配はない。
 ベッドから起き上がり、小さなキッチンに備え付けられた保冷庫を開けた。中にはいつ買ったのか覚えていない食材が僅かと、安酒の瓶が数本。近くの収納を見てもつまみになりそうな乾物も見あたらず、酒はそのまま保冷庫に残された。
 もっと甘い酒が好きだろうか。何か、食べるだろうか。
 記憶の中のカデンツァは、いつも青白い顔色で、何か食べるかと聞いても首を横に振るだけだった。元々食が細そうななりではあったが、大聖堂での生活はカデンツァの欲という欲を奪ったと思う。
 食欲、睡眠欲、性欲。
 本来であれば、あの頃カデンツァは神学校を出たばかりの15歳だ。いくら信心深くとも、若い男。女の身体や、セックスに興味はあっても、まさかそういった行為の対象に自分がなるとは思ってもみなかっただろう。あの時に受けた心の傷は、俺が抉り返したことも含めて、深い傷跡として未だ残る。
 ベッドに戻ってもう一度寝転がってから、思い出したようにキッチンへと戻った。収納と戸棚を全部開けて、ミルクも砂糖もないことをもう一度確認して、携帯端末のリストにいる暇そうな友人にメッセージをうつ。
 レンブロワでココアを宅配頼む。
 完結に、わかりやすく。暇そうな友人は丁度サンドリアにいたらしく、OK、と短く返してきた。
 来るかどうかも分からない相手のために、もしかするともう二度と会わないかもしれない相手のために、俺は自分で消費しないココアを用意する。馬鹿げてると、笑われるかもしれない。それでも、せずにいられない。
 罪滅ぼし。
 自己満足。
 結局は自分が楽になるためにしているのだ。自分のためだ。カデンツァのためじゃあない。そう理解しているのに、どうしようもなく俺は馬鹿だ。カデンツァは、俺を許してくれるのだろうか。ここに来てくれたからといって、自分のやったことが許されることではないのは俺が一番理解していた。
 結局あれこれ悩んだすえ、レンブロワついでに、と追加でいくつかの食材を頼むと、風邪でもひいたか、と返ってきた。そんなものだ、と曖昧に返事をして、自分のなけなしの料理のレシピを思い出す。
 前にジュノで一緒に食事をしたとき、海の幸をふんだんに使用したウィンダス風のサラダを美味しそうに食べていたことを思い出した。あの時は、生臭いのが好きなのだろうか、と勘繰ったものだが、そんな食べ物を食べる機会が単純になかったのだと思い至った。
 エラジアに渡るまで、サンドリアに生まれ、育ったカデンツァが、外の世界や他国の文化に触れる機会すらあまりなかったはずだ。再会はジュノだったけれど、サンドリアに戻るのはあれ以来初めてだと言っていたし、正式な冒険者証も、チョコボ免許証も、果ては飛空艇すら自由に使えないカデンツァが、バストゥーク共和国やエルシモ島、ゼプウェル島に足を運んだことがあるはずがなかった。
 もし、俺の所に来てくれたら、俺がコッソリ飛空艇パスでもなんでも手に入れてみせるから、熱帯雨林のエルシモ島や砂漠に覆われたガルカの里、ゼプウェル島を見せてみたいと思う。
 けして口には出さなかったが、残された時間が少ないのだと理解した。
 俺は、その残された限りあるカデンツァの時間のなかに、関わっていたい。


 

 

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