Burn my Dread/Onslaught

 



「したくなかった?」
 カデンツァをベッドに押しつけて抱きしめたまま何もしない俺に、カデンツァが不安そうに聞いてきた。
「いや、もう少しこのままで」
 居心地の悪そうな雰囲気は分かったけれど、離す気になれなかった。
 俺はカデンツァの事を何も知らない。最近になって知った沢山の色々なこと。それを知った上で、今この手を離したくないと思えるから、この気持ちはちゃんと本物なのだろう。
 カデンツァはこの小さな身体の中に、何十、何百の魔物を取り込んで、飼っている。時折覗くその片鱗が、カデンツァが人ではない事を俺に知らしめるけれど、それに対する嫌悪感はない。あの時驚いてしまったことについては、謝るけれど。むしろ、魔物に一瞬でも身体を明け渡す、その瞬間に色気すら感じたのだ。
 手を取りたいと願う。その魔物に変わった手を、愛おしいと思う。
 だから、このまま俺の腕の中にいてくれと、切に願う。
 けれども、カデンツァは俺の腕の中で落ち着かなそうに身じろいだ。
「なあ、もう勃起しない?舐めてやろうか?」
「あのね、」
 ため息混じりに声を荒げると、カデンツァは俺の下で身体を強張らせた。
「悪い、そういうの嫌いだった?」
「違うけど」
 カデンツァの細い指を絡め、ベッドに押しつける。
「こうやってんの、嫌いか?」
 そう聞いたら、カデンツァは黙ってしまった。
 確かに今まで、ただ抱きしめたり、キスをしようとするとどうしていいか分からない、とでも言いたげに戸惑っていたのは見ていて分かった。軽いスキンシップはあまり好きではない、というのも薄々感じていたけれど、こうはっきりと突きつけられるのは結構つらいものがある。
 これじゃあまるで俺の性欲処理に付き合わせているみたいじゃあないか。
 そうじゃないんだと何度否定しても、嫌と言わないカデンツァに望まない行為を強要している感は否めない。なぜなら、カデンツァの性器が勃起状態になったことを見たことがないからだ。男同士の行為においても、気持ちがよければ勃起するものだと思っていた。いっこうに反応を示さないカデンツァの性器が気にならなかったわけではないが、快楽を追い始めるとその辺りが二の次になってしまうのは俺の悪い癖だ。
 本当に気持ちいいのか。問えば気持ちがいいと答えるが、それは十中八九社交辞令に過ぎないだろう。
「な、お前さ」
 抱きしめたまま、右手をそっとカデンツァの下半身に伸ばした。
「なに」
「本当に俺とこうするの、好きか」
 あからさまにカデンツァは顔を顰めた。逃げ出そうとする腰を掴んで、太ももの間だに膝を入れる。柔らかな性器を揉みながら指先で刺激を加えていくと、カデンツァのそれは俺の手の中で僅かに体積を増した気がした。
「そんなこと、どうだって」
 やっとカデンツァの手が俺の肩を押した。やめてくれ、という無言の牽制だ。少しだけ怒ったようにそう言うとカデンツァは俺から顔を背ける。
「俺が気持ちよかろうがあんたに関係ないし、こんなことしてても満足しないだろ」
「違うだろ」
 思わず声を荒げた。殴られると思ったのか、カデンツァは俺の下で身体を縮こまらせ構えるのが分かる。実際はカデンツァの手首を掴む指に力を込めただけに過ぎない。
「お前どんなセックスしてきたんだよ」
「俺がどんなセックスしてたとか、関係あんのか」
「おい」
 手を振り払い、カデンツァは素早く身を起こすと俺から離れた。
「あんただって同じじゃないか」
「落ち着け、何が同じなんだ。分かるように」
 何度も宥めるようにカデンツァの名前を呼ぶ。だけど、名前を呼ぶたびに苦しそうに首を振るカデンツァに、俺は酷く狼狽した。カデンツァのこんな表情、初めて見た。何がお前をそこまで苦しめているのか、それは俺には話すことが出来ないことなのかと、行き場のない怒りが込み上げる。
「なあ、何があったんだ。話してくれ、力になれるかもしれない」
 ゆっくりとカデンツァに近寄って手を取る。それを振り払われることはなかったけれど、俯いたままカデンツァは首を横に振った。
 それが、俺に話せる事はなにもない、という意味だということくらい、すぐに分かった。
「カデンツァ」
 さらに話しかけようとした俺をやんわりと制止して、カデンツァは小さく、帰る、と俯いた。
 朝靄の中、安宿を出て行く背中を何故強く引き止めなかったのか。
 俺は一人取り残された部屋で、激しく後悔した。

 

 

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