All-Right All-Night/Onslaught

 




 これじゃあ釜みたいだな、だなんて何気なしに言った。

 ここ連日の猛暑。
 最近ではここまで気温が上昇すると酷暑、とも言うらしく皇都アルザビは真夏の真っ只中にあった。元々雨が多く、湿地帯も多いエラジア大陸での気候はお世辞にも過ごしやすいとは言えない。じわじわとこもった熱が行き場を失って、さながら蒸風呂の様相に冒険者もキキルンたちもぐったりとしていた。
 人のごった返す競売前で、汗ひとつ浮かべず涼しげな表情のカデンツァ。
 手には落札したばかりのサブゼロジェラート。一応暑いという感覚はあるようだ。
 競売前の熱気は大通りなんかとは比べ物にならないほど酷く、重鎧に身を包んだナイトが今にも倒れそうな勢いで人ごみから脱出してくるや通路脇の日陰に倒れこんで動かなくなる。幸い生きてはいるようだが、このままでは本当に死者が出かねない。石畳の皇都に打ち水は文字通り焼け石に水だ。熱を持った黒髪を軽く撫でると、カデンツァは目を細めてジェラートを差し出してくる。
「これじゃあ釜みたいだな」
 何気なしにそう眩いたら、カデンツァが不思議そうな顔をしてさらに目を細めた。
 熱帯雨林の島に存在する大きな火山、イフリートの釜。地面から吹き上げるマグマの熱気に地域特有のスコールが降り注いで、そこは異様な熱気に包まれる。
 まさしく今のアルザビ。
 そこまで思って、カデンツァはエルシモ島に行ったことがあるのかと思い至った。正式な冒険者ではないカデンツァはチョコボ免許はおろか、飛空艇や各国領事館におけるサービスの諸々を受けることが出来ない。あの事件後、落ち着いたらどこかの冒険者に正式登録をと考えていたのにすっかり忘れていた。年中アルザビに居れば別だが、この世界は意外と認可を受けた冒険者でなければ住みにくいように出来ている。
 色々考えたが、エルシモ島に渡るだけなら金さえ出せば冒険者かどうかは問われない。
 同じく飛空艇もだ。乗るだけなら法外な価格のパスポートを買えばいい。
 それでも、それではいけない気がした。俺が言えた義理ではないが、全てを金で解決しようとした俺だからこそ、それでは駄目なのではないかと思えるのだと思う。
 思い上がりかもしれないが。
「なあ、カデンツァ」


 明らかに見ただけで分かるほど上機嫌で、カデンツァは発行されたばかりの冒険者証を握り締めたまま放さない。時折じっと自分の名前が記入された証を見つめては、俺を見上げる。
 こんなに喜ぶならもっと早く手配してやればよかった、なんて後悔先に立たず。
 新規登録したことでカデンツァの使い古した誰のかも分からない旧型の携帯端末も新しくなり、俺とカデンツァはもう一度新しくお互いを登録しなおした。ついでにツェラシェルやルリリにも送っておくと、一生懸命に操作する姿が何となく愛しくて、背中からそっと抱きしめる。
「さぁ、何から始めようか、ひよっこ冒険者」
「モグハウスへ行く」
 大体の予想通りの展開ではあったが、脅えるモーグリというのを見るのは非常に心地よい気分だったと言わざるを得ない。
 浮かんでるやつの身体を鷲掴みにするカデンツァに喰うなよ、と言いかけたがそれは杞憂だった。初めてのモーグリとレンタルハウスの貸与にどうやら興奮状態だったらしく、カデンツァはひとしきりモーグリで遊んだ後、魔力が切れたように床で寝始めた。
 ウィンダスまでチョコボによる長距離移動だったこともあり、疲れていたのだろう。心配そうにおろおろするモーグリに後は俺がしておくからと言うとほっとした様子で姿を消した。
 抱え上げて小さなヒューム用のベッドに横たえる。
 この大きさじゃあ一緒に眠るのには狭いなとか、大きなベッドに買い換えるかとか思ったが、ここはカデンツァの部屋だ。決めるのは家主たるカデンツァ。きっと家具を置いてもいいとか、配置を自由に変えてもいいとか知らないのだろうなと思うと胸が熱くなる。
 自由の意味を教えたい。
 少しずつでいいから、失われた時間を取り戻したい。
 寝息を立てるカデンツァの隣に無理矢理身体を滑り込ませ、腕の中に閉じ込める。俺の身体より随分と冷たい身体だが、それでも確かに生きている。俺が砕いた核はカデンツァを生かし、共存してくれている。今後暴れない保障はないが、お互いが強く生きたいと願ったからの今の共存があると俺は勝手に理解している。
 だから、大丈夫なんだ。
 俺たちはうまくやっていける。
 目を閉じて柔らかな黒髪に顔を埋めたところで、微かに聞こえる吐息。起こしてしまったかと思って身体を起こしたがカデンツァは深い眠りについている。

「…ぁ」

 ベッドの軋む音と共に聞こえる、熱のこもった吐息が耳に飛び込んで来た。
 体温が急上昇したのが自分でも分かる。
「あ、ぁ」
 ゆっくりと軋むベッド。
 衣擦れの音。
 何をしているかなんて、分からないはずなどなく。その声は驚く程ストレートに俺の脳裏に土足で入り込んだ。鼻に掛かったような喘ぎ声が薄い壁を通して俺にあらぬ妄想をかき立てさせる。
 まるで、俺が。
 俺がカデンツァを。
 自分の肌の熱と、下半身に溜まっていく不必要な熱に俺自身が戸惑う。対称的なカデンツァの冷たさがやたらと俺を刺激した。
「ら、…ん、ぁ」
 クソ、隣の部屋自重しろ。まだ昼だぞ。いや夕方か。
 額にいやな汗が滲むのが分かった。

 

 

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