All-Right All-Night/Onslaught

 



 これほど壁が薄いとは思ってもいなかった。
 正直、俺の部屋もそうだったのだろうかと思うと顔から火が出る思いだ。背後から壁越しに聞こえてくる喘ぎ声は紛れもなくセックス中のもので、ゆっくりとした動きのひとつひとつまでが手に取るように分かる。
「あっぁ、やっ」
 いやじゃねぇだろ、気持ちよさそうに声出しやがって。
 聞こえてるこっちの身にもなれってんだ。昼間っから盛って何様だちくしょう。
 腕の中に閉じ込めた大事な俺の宝物が、俺のしみったれた妄想で汚れるだろ。
 謝罪しろ、いや賠償だ。責任取れ───この下半身の。
 しっかりと形を持った下半身がカデンツァに触れないようにそっと腰を引く。それだけでなんとも情けない気分になったが反応してしまったものは仕方がなかった。
 溜まってた。
 そうとも言える。俺たちの関係は随分進んだとはいえ、カデンツァと身体を重ねるのは言うほど多くない。俺自身の性欲も同年代の連中に比べると淡泊な方ではあるが、それにしても限界は色々とあるものだ。
 ため息がでる。
 目を開けていれば目の前にカデンツァの細い首筋や肩が見える。目に毒だと思って目を閉じれば今度は壁越しの喘ぎ声が余計な妄想を連れて脳内に入り込んでくる。これぞ八方塞がり。所謂詰んだ状態。逃げ場なし。
 くそ、ちょっとオカズになって貰っていいか。
 そのままもう少し寝ててくれたらいいから。
 いやダメだ、やめるんだレヴィオ。そういう事がしたくて一緒にいるわけじゃないだろう。
 裏切る気か。そうやって一方的に性欲の捌け口にしてきたことを忘れたわけじゃないだろう。
 おさまれ、おさまれ俺。
 一方的な性欲など、あってはならないのだ。
 俺とカデンツァの間にあってはならないのだ。
 腰が引けたままの状態で鼻息荒く心を落ち着かせていたはずなのに、気がつけば冷たいガーネットの双眸が俺をじっと見上げていた。いや、ちょっと待て。さっきまで俺はお前のうなじを見ていたわけで。なんでこっちを向いていますか、カデンツァさん。
 首筋をいやな汗が伝った。
 あの、どこから見てましたか。
「あ、の」
 絞り出すような俺の声に混ざって、壁越しに響く喘ぎ声。
 ちくしょう、隣人自重しろ。
 堪えるように目を閉じたら、不意に唇に柔らかい感触。慌てて目をあけると、目の前に迫るカデンツァ。
 唇が離れて、それが、ふと笑みを象った。
「なんか、いいな」
 なにが。
 本気で戸惑った表情をしたのだと思う。
「俺も興奮した」
 そう言ってカデンツァは引き気味だった俺の腰に手を伸ばし、下衣の上から思いっきり俺の息子を掴んだ。
 変な声が喉から漏れる。
 そんな俺にカデンツァはもう一度唇を寄せて眼を細めた。
 分かる。楽しんでいる。
 カデンツァは今機嫌がいい。
「ちょ、こら」
 下衣ごしにゆっくりと擦られて腰が震えた。
「やめ」
「やめて欲しいの?」
 見上げるカデンツァの顔に僅かな笑み。
 いや、その。やめないで欲しいけど、やめなかったら俺はお前の手の中で無様にも果ててしまいそうなくらい限界が近いわけで。
「あ、手じゃいや?」
 もそもそとカデンツァは身体を動かすと、俺の息子から手を離した。ほっとしたのも束の間、カデンツァが身体を丸め俺の腰に覆い被さるようにして屈む。何をするかと思いきや、あっさりと手際よく俺の息子を取りだしてその、柔らかい小さな唇で咥えた。
 正直叫び声を上げそうになった。
 待って、待ってくれ。ダメだ、俺はお前にそんなことをさせたいわけじゃないんだ。
 言い訳虚しくカデンツァの唇が俺を吸い上げて、腰が震える。伸ばしかけた俺の手をカデンツァの手が絡めるように奪って握られた。
 俺が教えた通りになぞられる愛撫。
 思わず声が漏れそうになるのを必死で堪えた。だめだ、出る。冷や汗なのか、身体中から汗が噴き出た。
「あぁ、くそ」
 絡められた指を強く握り締める。
 抜けるような声が唇から零れて、俺は早々にカデンツァの咥内に己の欲望全てを吐き出してしまった。目の前が真っ白になったのは出したからだけじゃない。慌てて上半身を起こすと、カデンツァの喉が上下したのが見えた。
「ばか、俺は」
 飲むなんて教えてないぞ。
 言えなくて、俺はその言葉をそのまま飲み込んだ。カデンツァはゆっくりとその唇から俺を引き抜いて、振り向く。
「レヴィオが、余裕なさすぎて興奮しちゃった」
 出したばかりだというのに俺の息子は萎える様子など欠片もみせず、カデンツァは楽しそうにもう一度強く握り締めた。ゆるゆると手を上下させると、カデンツァの唾液と俺の体液とが混ざった卑猥な水音が耳に届く。
『あっ、あぁ、んん』
「うあ、く」
 壁越しの喘ぎ声と思わず零れた俺の声が重なって顔から火が出た。
 その様子にカデンツァは声を押し殺して笑い、もう一度その熱い咥内に俺を誘った。吸い付いて、喉の奥まで咥えて。咥内で締め付けるようにしてカデンツァの頭が上下する。俺からはその唇に吸い込まれていく自分自身がやけに生々しくて時折目をそらさずには居られなかった。
 俺じゃない。これは俺じゃない。
 俺はカデンツァにこんなこと望んでいたわけじゃない。



 

 

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