Alive/Onslaught

 




 タイミングが悪いと言うのは、こういうことを言うのだ、と自分自身の運の悪さにあきらめのため息をついた。

 ナイズル島アサルトは、未だ正式な皇国軍の仕事と認定はされていない、非公式ミッションだ。とはいえ、謎の多いアルザダール文明における海底遺跡群の探索は、傭兵にとっても、謎を解明したい皇国軍側にとっても双方メリットが多く、探索中に見付けたお宝は全て傭兵側のものとなることも相まって、連日探索に向かう傭兵は長蛇の列をつくる。
 安全が確認されていないことから、遺跡内で探索できる時間には皇国軍側より制限が設けられており、その時間を超える探索は出来ないようになっている。海底遺跡群、というだけあって、深海にも似た場所で長時間を過ごすにはまだ分からない部分も多いのだろう。たまに息苦しさを感じるのも、そのせいかもしれなかった。
 冒険者でごった返すナイズル島遺跡の入り口は皇国軍によって管理されており、探索を希望する傭兵が多い場合は暫く待てと断られることも多い。人気の秘密はやはり制限時間のあるお手軽な簡易探索ゆえか。
「多いね」
 誰に言うわけでもなく、パーティメンバーの一人がそう口に出した。
 一時期の大盛況ぶりに比べれば随分と減ったものだが、それでも突入待ちの傭兵が待機しているのが見える。早く終わらせたい、と思うときに限ってこの有様だ。つくづく俺は運がない。
「あー?先に入れそうだ」
 友人が探索証をかざし、認証を受けるのが見えた。
 俺は何を思ったか、何かに惹かれたのか、それとも、それこそ予感だったのか。

 振り返った先、覚束ない足取りで遺構の方へと向かう───カデンツァが視界の端に見えた。
 今からサルベージにでも向かうのだろうか、それとも食事か。

 各自手元の探索証が淡い青い光を放ち、突入を待っているであろう他の冒険者を差し置いて海底遺跡の入り口を封じる魔方陣をすり抜ける。小さくよし、という友人の声と、突入出来た事によるメンバーの歓喜の声が入り交じって、俺は彼らに促されるようにしてナイズル島へと足を踏み入れた。
 当然だが、カデンツァの姿は見えなくなる。
 後ろ髪を引かれるような思いで、カデンツァの姿を目に焼き付けた。
 もう、どれだけ手を伸ばしても彼にこの腕が届くことはないのだと。何度も抱きしめたこの手に残った微かな温もりは、時間とともに薄れ、思い出とともに消えていくしかないのだと。

 作戦遂行中も、カデンツァの事が頭から離れなかった。
 それなりに慣れた探索で、僅かな判断の遅れが致命的なことになることがなかったお陰で見過ごされてきたが、名前を呼ばれること数度。風邪をひいているなら無理はするな、と釘まで刺されて無様なものだった。
 探索の制限時間が近づいてきた頃、リンクシェルの竜騎士が訝しげな声をあげた。
『ねえ、カデンツァって今日いる?』
 突然彼女の唇から発せられたカデンツァの名前に一瞬だけ心臓が大きく跳ねた。
 いないみたい、と誰かが答えると、彼女は少しだけ迷った様子で、小さくなにか、様子が変、と呟いた。
 思わずリンクシェルに聞き返すと、彼女はやはり躊躇いがちに言葉を探す。
『今カデンツァを見たのだけど、ふらふらしてて』
 そういえば、ナイズル島に侵入する前に見かけたカデンツァも覚束ない足取りで奥へと向かっていった。その時は大して気にもしていなかったが、言われてみればおかしな話だ。
 けれども、彼女の次の言葉で、俺はあの時カデンツァを呼び止めなかったことを後悔した。
『フードかぶったヒュームがカデンツァの手を引いて奥へ連れて行ったのよ』
 知り合いなのかな、と続く言葉に他意はない。
 みなカデンツァの交友関係を知らないからだ。朱い髪のシーフ以外にも、知人と呼べる人間がいないとも限らない。カデンツァの事だ、あまり頻繁に連絡を取らない相手もいるだろう。だけど、ふらつくようなカデンツァの手を引いて、アルザダールの奥へ連れていくような知り合いなんているだろうか。
 思い出したのはいつぞやの過去ジャグナー森林。
 あの時はよくない噂のある相手だったが、今回は得体の知れない相手だ。もしかすると、深い関係の───自分で考えておいて慌てて首を横に振る。
 作戦を終了し、メンバの合図で転送機よりエントランスに戻ったのをいいことに、挨拶もそこそこで俺はカデンツァの携帯端末へと連絡した。

 長いコール音。
 取ってくれるとは思わない。だけど、連絡を入れずにはいられなかった。


 

 

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