Alive/Onslaught

 




【←side:Leviony←】

 なんでお前が、と不機嫌な声が端末越しに聞こえた。
 こっちの台詞だ、と言いたいところをぐっと堪えて、簡潔に何故こうなったかだけを伝える。
「忘れていったんだ」
 そこに割とあからさまな悪意があったのは否めない。連絡してきたのが誰なのか、分かっていて端末を操作したのだから。端末越しに聞こえる舌打ちの音。すかした誰にでも甘そうな男のする行為とは思えなくて、思っていた以上に表裏のある男だということが伺えた。
「それで?」
 用件を促す。
 まるで端末を少しおいて、この場所にすぐに戻ってくるとでも言うかのように繕ったのは、この端末の向こう側にいる相手に対する無意識の牽制。実際は二度と取りに来ることはないのではないかと思うほど、この端末の持ち主との繋がりは細く危ういというのに。
『その様子だと』
 そこで言葉を切った相手は、もう一度深いため息をついた。
 お互い腹の探り合いだった。たった一つ、同じものを欲し、それを挟んで対角線上にいる男。
『何処へ行ったか、知らないんだな』

 そう言われて、俺は選ばれなかったのだと知った。
 それと同時に、彼もまた、選ばれなかったのだと───理解した。

 そして、カデンツァが何をしようとしているか思い至り、すぐさま自分のまとめてあった荷物を掴むと部屋を飛び出した。携帯端末を通して聞こえる腹に響くような低い唸りはアルザダール遺跡を示す。
「遺跡の何処だ」
『分からない、が、アラパゴ遺構の方へ見知らぬヒュームと向かった』
 決着を付ける気なのだ。
 カデンツァは一人で、何も言わず、全てに片を付ける気でいる。
「お前アルザダールにいるんだろう、止めろ!すぐカデンツァを止めるんだ」
 片を付ける事がどういうことか分かっていたから何も言わずに行ったのだ。
 解放などあり得ない。
 終わりなど見えない。
 カデンツァは「強い」器ではない。あの身体にあれほどの魔を内包し、よく保ったほうだ。
 顔見知りの青魔道士が何人も姿を消したのを見てきた。彼らが選んだのは崩壊か、それとも血肉にまみれて生きる事を選択したのか。どちらを選んだにしても俗世には戻れない。末路を知ってなお、青を求める。力を求める。彼らを駆り立てるのはいつだって渇望だ。
 カデンツァは、何を渇望したのか。それは俺や、この男では満たすことの出来ないものだったのか。いや、満たされることがないからこそ、渇望なのだということくらいは分かってはいるのだけれども。
『何言って』
「てめえは知らなさすぎなんだよ」
 カデンツァを。青魔道士というものを。俺だって人の事は全く言えないが。
 思わず怒鳴った声に驚いて、通りを忙しなく走っていた冒険者が何人も振り返った。そんな奇異の視線すらも受け流し、レンタルハウスからこれ以上ないほどの全力疾走で六門院へと走る。端末は未だ繋がったままで、彼もまた遺跡の中を走っている音がした。アルザダールの冷たい床を彼の革靴が叩く音がする。は、と短く息を吐く音がする。
 六門院の転送装置からナイズル島監視哨を選択し、ゆっくりと光の粒子になっていく身体をもどかしく眺めた。分解と再構築。転送先に現れた俺の身体は、果たして分解前と同じだろうかといつも疑問に思う。指先の感覚が戻ってきて、同じく遺跡に転送された冒険者とともに装置を下りた。
『パゴ前辺りまで来たが姿が見えない』
「その辺で待ってろ、すぐ行く」
 一人で動き回るなと釘を刺すと、僅かにむっとした声が返ってくるのに苦笑いした。いくら腕の立つ赤魔道士でも、カデンツァがその気になれば簡単だろう。最悪の事態を想定しながら、短剣を鞘ごと握り締めた。
 俺に出来るのか。
 何度も自問自答したが、答えは出なかったもの。
 ただ、もう、二度とひとりにはしない、と、それだけを小さく誓った。
 呼んでいる。カデンツァが、俺を呼んでいる。

 

 

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