Alive/Onslaught

 



【→side:Zeller→】

 どれだけ気分が乗らなくても、プライベートで何が起きようとも、特定の曜日に特定の連中で集まって何かをする、所謂固定、と呼ばれる活動はやってくる。
 当然気分が乗らなければ行かなくてもいいのだが、そういうわけにはいかないのが固定の面白いところだ。特にそれをまとめる側にいればいるほど、活動を休むのに労力が必要になってくる。今日の固定活動はそれ程人数の必要なものではないが、気軽で手軽な分実は休みにくい。
 気分は最低だった。
 俺が振られた事くらい分かってる。理解してる。
 頭では分かっているのに、どうしても心がついてこない。少し寝ようと横になっても、眠れるような状態ではなかった。数時間前のやりとりが、脳内でずっと繰り返し繰り返し後悔を伴って再生される。
 リンクパールを突っ返されなけれなかっただけでも、よかったと思うべきだ。そう思うのに、リンクリストに居ないカデンツァのことばかり気にしている。突っ返されなくても、あの小さな手のひらの中で砕かれたのかと思うと、俺はカデンツァと繋がっていられる唯一の線を失ってしまったことになる。カデンツァがそういうことをするとは思えなかったけれど、リンクシェルで顔をあわすのが憂鬱になるほどには、俺たちの関係は歪んでしまったように思えた。フラットな状態に戻るだけならよかったのだけれど。
「ツェラシェル、聞いてるか。今日は何層行くんだ」
「あ?あぁ、悪い。考え事していた」
 慌てて今までの履歴を書き留めておいたメモを取り出して確認する。先ほど目を通したはずなのに、何一つ頭にのこっちゃいなかった。思わず舌打ちする。
「今日は、」
 参加メンバーの希望取得状況をもう一度頭に入れながら、最近足を運んでいない階層を選択する。希望者の多い階層を先に潰してしまってもよかったが、同じ場所ばかりではモチベーションにも関わる。こういったことを企画したり主催するのはどちらかというと好きな方だが、今のような状態ではまともに動けるかどうかも怪しかった。
「どうした。調子崩したか?」
 投げかけられる気遣いの言葉に、あぁ、とため息が出る。
「少し、な。風邪かも」
 曖昧に返事をして、最低な気分だ、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 頬に当たる微かな水滴に空を見上げれば、一度はやんだ雨がまた降り出しそうな気配を感じる。今日は嵐になるだろう。気分は暗く澱んで、すっきりと晴れ渡る事はない。
「無理すんなよ、お前結構無茶するからなぁ。まぁ、ぶっ倒れても看病してくれるやつはごろごろいるだろうけど」
 一人だけでよかった。
 本当に側に居て欲しかった人は、幻のように俺の手をすり抜けて行ってしまった。
 幻だったのだ。きっと、俺が見ていたのは、カデンツァという幻。じわりと視界が滲んだのを自覚して、慌てて指で眉間を押さえた。俯いて、不意に潤んでしまった目を閉じて誤魔化す。詰まった息を吐き出して、ゆっくりと呼吸を整えた。
「おいおい、大丈夫か」
 本当に心配そうに手を差し伸べてきた友人の手のひらを、軽く制して首を横に振った。
「大丈夫だ、悪いな。早く済ませて終わろう」
「分かった、先に行ってる」
 チケットを渡してアサルトの参加証に替えて貰い、先に走り出した友人の背中を追う。
 誰かの背中を追いかけるのも、久しぶりな気がした。カデンツァは俺の手をすり抜けて行ってしまったが、思えばカデンツァの背中を追いかけた事はなかった。カデンツァはいつも立ち止まっていて、何処とも知れない場所を見つめていた。俺はその隣に並び、動かないカデンツァの手を取ろうとして、取ることが出来ないまま、今に至る。
 俺は立ち止まっていたカデンツァを無理矢理歩かせることしかしなかった。
 彼は理由があってあの場所で立ち止まっていたのだと、今なら分かる。

 俺は北風だった。
 つらく険しい道のりを行く旅人の外套を脱がそうと、強い風を送る北風。
 カデンツァに必要だったのは、太陽。

 その太陽のような燃える朱い髪の毛の男を思い出して、俺は三度、情けなくも目頭を押さえるハメになる。


 

 

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