Affection/Onslaught

 



 お互いにきつく抱きしめあったまま、ため息のような声を漏らした。
 その後声を押し殺して笑い出したカデンツァに釣られて、俺もまた笑った。
 ベッドに腕を投げ出して、ようやく離れた身体と身体。音を立てて抜けた俺のあとを追いかけるかのようにして、俺が吐き出してしまった白濁がシーツの上にこぼれた。まるでそうすることがいけないことのように、カデンツァが小さくあぁ、と言って身体を震わせる。近寄って口付けるとカデンツァは目を閉じた。
 ずっと俺が入っていた場所は少しだけ開いていて、溢れるように俺の出したものが流れていく。あぁ、やってしまったんだ、と今更そう思った。ただ違うのは、後悔しているわけではないことだ。
 互いに望んで、重ね、繋げた身体。
 理由や、そこに至る過程は複雑だったが、こんな事でもなければ俺たちは一生唇以上を重ねる事はなかった。
「大丈夫か」
 黙ったまま頷いて、近づけた俺の手のひらに唇を寄せるカデンツァ。
「今までで一番よかった」
 静かに、そっと、まるで呟くかのようにそう言われた。
 それが嘘でもよかった。
 行為中に見た恍惚の表情は、紛れもなく快楽を得ていたと思えたから。苦痛だけではなかったと、分かったから。指先に当たる吐息が熱を含んで、カデンツァの唇が俺の指を咥えては放す。
「一番、満たされた」
 僅かな沈黙の後、そう言われて俺は溢れる涙を堪えることが出来なかった。
 二十代も後半、もうあと数年で三十路を迎えようとする大の男が、ベッドの上で号泣した。堪えることなど出来なかった。そんな馬鹿な俺をカデンツァがそっと抱きしめてくれて、何度も頬や額に唇を落としてくる。
 嘘じゃない。
 そう、カデンツァは何度も繰り返す。
 嘘だなんて思ってない。それでも暫く涙は止まらなくて、俺はカデンツァを抱きしめることさえ出来なかった。
 馬鹿みたいにひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻す。涙と鼻水で酷い顔をシーツで拭ったら、カデンツァがそれを見て笑った。
「酷い顔」
「鏡みてねぇからな、わかんないが想像はつく」
 自分の酷い顔を思い描き、鼻を啜りながらそう言ったら、カデンツァが俺の頬を掴んで真剣に覗き込んできた。
「俺は、あんたのそんな顔も好きだ」
 近づいてくる唇。
 重ねられた唇は、すぐに離された。
 そして、カデンツァは大聖堂の前で初めて俺に向けた笑顔と、変わらない心の底から幸せそうな笑顔で小さく、好き、と言った。再び滲み出した視界を慌てて擦るも、目尻に溜まった涙が頬を伝う。
「多分」
 その後を追うようにそう続けられて、カデンツァが笑ったのが分かった。
 多分でもいい。
 泣きながらカデンツァの細い身体を強く抱きしめて、握りつぶしてしまうのではないかと思う程しっかりと腕の中に閉じ込めた。しっとりと汗ばんだ肌と肌が絡み合う。距離は何処までも近く、もう遠いなんて思わなかった。
 大量に水分を排出しながら、さらに涙で出して。からからに渇いた喉がまた馬鹿みたいだった。
「風呂、行こう」
 なんとなくこのまま寝てしまいそうな危険な雰囲気を感じてカデンツァを促す。愚かにも中で出してしまった俺のものを掻き出さなければならない。俺の首筋や鎖骨に唇を押し当てて遊んでいたカデンツァは、頷くと俺の身体からゆっくりと腕を放した。
「シーツ」
 汗や色んなもので染みになったシーツを指さして、カデンツァは首を傾げた。さすがに有能とはいえ、こんなものをうちのハウスキーパーに任せるのも忍びなく、丁寧に敷かれたシーツを引っ張って丸めて抱える。
 軽く換気のために小さな窓を開けて、裸のカデンツァをバスルームに押しやった。いくらアトルガンの気候が蒸し暑いとは言え、日中と夜中の寒暖差はかなりのものだ。開けた窓から冷ややかな風が部屋の中を通っていくのを感じて、俺は小さく身震いした。


 

 

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