Affection/Onslaught

 




 もう、どうしていいか分からなかった。
 腰を抱えて持ち上げ、俺もカデンツァも濡れたまま、バスルームを飛び出した。
 けして我慢が出来ないとか、衝動的だったとは思わない。ただ、すぐに抱きしめたかった。ベッドに押し倒して、濡れた身体をベッドシーツに擦りつける。水の滴るハウスウェアを一気に脱ぎ捨て、カデンツァの小さな身体にそっと覆い被さった。
 どちらから仕掛けたのか、激しい口付け。
 濡れた髪の毛から、額に、頬に、水滴が流れ落ちていく。ベッドサイドのランプが照らし出すカデンツァの表情は柔らかくて、俺はそんなことでどうしようもなく胸が締め付けられた。
重なった性器と性器を擦り合わせ、カデンツァの短い吐息を聞いてホッとする。
 額に、頬に、鼻に、顎に、唇をそっと乗せた。自分のものと、カデンツァのもの。二本を片手で握り込んで腰を揺らせば先走ったもので手のひらが湿る。ぬるついた指先をさらにカデンツァの性器の先端に擦りつけ、溢れ出てきた雫をすくった。
「ローション、ないんだ。サイレントオイルでもいいか」
 極限まで摩擦をなくすとはいえ、不純物の多いサイレントオイルを使う事に躊躇いがなかったわけではない。だけど俺はローションの類を持たなかった。したくないから、いや、してはいけなかったから、持つことができなかった。
 持ってしまえば、それはこの行為を期待しているのと同じ事だったから。
 頷いたカデンツァから身体を離すと、名残惜しそうに背中に回されていた腕が下ろされる。ベッドに肘をつき、上体を僅かに起こすとカデンツァはオイルを手に取る俺の作業をじっと見つめていた。
 お互い無言だ。
 熱で手のひらに馴染んだオイルを使って、ゆっくりと入り口を拡げていく。柔らかく、既に随分とほぐれている感じがするそこは、明らかについ最近、しかもそう遠くない時間に何かを受け入れた形跡があった。傷があるわけでもなく、拓いてはいないものの指はすんなりと飲み込まれ、熱い内側が絡みつく。
 それはあの頃と同じ感触。
 香油を塗りこめ、中に吐き出された他人の精液をかき出し、洗い流した後始末をしたときのそのままだ。指が覚えてるなんて馬鹿みたいなのに、その感触にじわりとしたものが込み上げてくる。
 謝罪しても、足りない。そもそも謝罪になんの意味があるというのだ。
「レヴィオ?」
「悪い、ごめん」
 幸せにしてやりたいと思った。
 一番最初に出会ったときのように、自然に笑えるように幸せであって欲しいと願った。幸せの隣にいるのが俺でなくてもいい。俺がカデンツァを取り巻く世界に存在しなくてもいい。ただ、カデンツァが幸せで居てくれたら、それでよかった。
 なあ、この行為は、本当に幸せなのか?
「出来ない?」
 止まってしまった俺にカデンツァが問いかけてくる。
 俺の返事の代わりに、ベッドサイドのランプが瞬くように揺らめいた。
「泣かないで」
 カデンツァの細い指が俺の頬に触れる。
「俺はあんたを泣かせてばかりな気がする」
 頬を伝った涙を舐め取られ、そのまま頬に口付けられた。
「俺は、俺が俺で在るために、魔物を喰らってきた」
 ある程度は知っていた。青魔道士がどうやって人であろうとするか、どうやってその宿命にも似た罪を背負うか。そして、その青魔道士のなれの果ても。カデンツァだけが違うとは思えない。カデンツァも数多の青魔道士と同じだ。その先に待つものなんて分かりきっているのだろう。
 だけど、その背負った罪の重さも、どうなっていくかも、俺は知らなかった。偉そうに分かっているふりをして、実際はなにひとつ理解していなかったのだと思う。苦しみの一部だけでも肩代わり出来たらもっと良かったけれど、それも叶わない。
「ずっとあんたには知られたくないと思ってたけど、逆にあんただけには知ってて欲しいと思った」
 こんなときに長話したくないんだけど、と続けてカデンツァは俺を強く抱きしめる。腰を少しだけ浮かして上下に揺すり、少しだけ萎えた俺の陰茎を意識させた。
「喰らうと」
 カデンツァの手が俺の下半身に伸びる。
「こうすることでしか、溜まった熱が、さめない」

 

 

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