Affection/Onslaught

 




 夜遅く、日付が変わりそうな時間にカデンツァは突然やってきた。

 あんな事があって、俺はどうしていいかも分からないまま、端末を握り締めてため息をつく日々を送っていた。ああ言った手前、連絡することも出来ず、かといってただ来るかどうかも分からない連絡を待つのもつらすぎる。
 そんな悶々とした状態にも関わらず、淡々と何事もなく過ぎていく日常。それが腹立たしくて、そこにカデンツァが居ない事だけがもどかしくて、逢わない、と言われて三日目にして、俺は我慢の限界に達した。
 端末のアドレス帳に登録された、カデンツァの端末番号に指をかけた瞬間だ。俺の部屋のドアがノックされたのは。
理性とはなにか。
 一瞬そんなことを考えてしまうほど、三日間で俺はイカレていたに違いない。
 俺の部屋にやってきたカデンツァの息は浅く、熱でもあるのかガーネットの瞳は潤んでいた。青白い肌と対照的に唇だけがやけに赤くて、視線はそこばかりに吸い寄せられる。
「どうしたんだ」
 思わず伸ばし掛けた手をぐっと堪えて、絞り出したそれが精一杯の言葉だった。
 それなのにカデンツァは人の気も知らないで暢気に入ってもいいか、と聞いてくる。俺が断れるとでも思っているのか。色々と込み上げるものを飲み込んで頷くと、カデンツァは本当にホッとした様子で、驚く程自然に、笑った。
 衝動。
 思わず引き寄せて抱きしめた身体は驚く程熱かった。
 まさか、病だったのか。熱い身体を少しずつ手のひらで確認し、いつもの冷え切った肌を思い出して唇が戦慄いた。
「お前、酷い熱だ」
 そう言うとカデンツァは小さくうん、と頷いた。
「冷まして欲しい」
 首に回された細い腕。押しつけられる小さな身体。
 下半身が、カデンツァの下半身が俺の太股に当たって、間抜けにも俺の思考はそこで止まった。
 堅い膨らみは、間違いない。カデンツァの勃起したものが、俺に、押しつけられている。いや、意図的ではないにしろ、太股の感触は同じ男として間違えようがなかった。
 忌まわしい共に過ごした6年間。いや、朝を一緒に迎えるようになってからもだ。
 カデンツァが勃起している所など、生理現象も含め、俺は見たこともなかった。
 あの頃から行為に参加する修道士の間では、カデンツァは不感症だとか、性機能障害だとか言われていた。面白半分にある修道士がカデンツァを勃起させようとして、色々と施してみたがどれも効果がなかったらしい。実際どうだか分からなかったが、その時は同性の、しかも自分よりも身体の大きな男たちに毎夜望まぬ行為を強要されれば、そうなっても仕方がない、そう思っていた。
 心のどこかで、男性向けに書かれた小説に出てくる女のように、何度もすればそういった行為に慣れ、いずれは気持ちよくなり自分から求めてくるようになる、だなんて都合のいいことを誰しも思っていたのだろうと今なら分かる。
 そうなってしまえば、厭きられるのも時間の問題だった。だけど、カデンツァはそうならなかった。だから、行為はエスカレートし、続いたのだと思う。
「レヴィオ?」
 耳元で囁かれて、熱の籠もった声が下半身に重く響いた。
 カデンツァの首筋から、草と土の臭いに混ざって微かな血臭がした。興奮している、ということだけは分かる。だけど、こんな形で身体を重ねていいのかと、俺の理性が何度も頭の中で喚いた。
 してしまったら、俺は「お前のレヴィオ」でなくなる。
 俺は違う。あいつらとは、違うんだ。
 俺はお前に望まない行為をするエルヴァーンじゃない。
「レヴィオ、嫌なら他を当たる」
 俺の迷いを見透かすように、カデンツァはそう言った。
「他に当てがあるのか」
 思わず口走った言葉は、どう考えてもその場にそぐわない言葉。
 言ってから、後悔した。
 だけど、カデンツァは微かに笑った。
「ないよ」


 

 

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