Affection/Onslaught

 




「あんたじゃないなら、誰でも一緒だから」
 誰でもいい、最後は消え入るようにそう呟く。
 玄関先で抱き合ったまま、鍵も掛けずに立ち尽くす。蹌踉めいて、近くの壁に肩を預け、じっと見上げてくるガーネットの瞳を見た。そこにあの時の血潮のような紅さはない。理由はどうあれ間違いなくカデンツァは正気だ。
「レヴィオ、俺はあんたがいい」
 飾り気のない言葉は、カデンツァの素直な気持ちなのだろうと思う。
 なのに俺は答えを出すことを躊躇った。ここまで来て、何を迷う必要があったのか。
「やっぱり、いやかな。あんたはずっと俺がされてるの、見てきたし」
 首に回された、カデンツァの腕がほどけていく。
 それを俺は引き止めた。引き止めてしまった。
 そうしてしまえばもう後戻りは出来ないと分かっていたのに。
「嫌じゃない」
 手に取った腕に軽く口付けた。
 シャワーを促すと、何かに気付いたようにカデンツァは頷く。
 嫌じゃないんだ、本当に。
 ただ怖かった。
 カデンツァと一線を越えるのが、怖かった。
 越えてしまったら、俺は「レヴィオ」ではなくなって、「レヴィオというエルヴァーン」になりそうで怖かった。エルヴァーンだとカデンツァが認識してしまったら、俺もあの畏怖の対象になるのではないかと思った。折角こうして再び出会い紆余曲折ありながらも今は落ち着いて距離を縮めている最中だというのに、その距離が開いてしまうことを恐れた。
 先ほど出たばかりのバスルームに今度はカデンツァを伴って戻る。
 一瞬あの沐浴室を思いだし、カデンツァを振り返った。だけど、カデンツァは急に振り返った俺に不思議そうな視線を向けるだけだった。
 囚われているのは俺だ。
 未だあの狭い檻の中に、俺は居るのだ。そう思ったら思わず笑いがこぼれた。カデンツァはこうやってあの場所から抜け出しているのに、自分が囚われたままだなんて可笑しすぎる。
「なに?」
 訝しげに眼を細めたカデンツァに、何でもない、ともう一度笑いかけた。
 肩を引き寄せ、革鎧に手を掛けてから少しだけ思いとどまる。
「服、洗わせるから」
「自分で洗う」
「モーグリがいるから遠慮すんな」
 その言葉で、カデンツァはようやく理解して無言で頷くと革鎧を外し始めた。手伝おうと手を伸ばしかけて、やめた。俺が脱がすようなことは、やはりまだよくない、と思う。まるであの頃の再現のようで、俺がまだ割り切れてなかった。いつものように脱がして、着せて。何度となく繰り返したその行為は、カデンツァのためではなかった。
 あれはあの狭い世界で、俺が生きていくためだった。
 カデンツァのため、そう言い聞かせて、優しくして、本当にそれは純粋な好意からだったのか。可哀想な身代わりの羊の世話をすることで、俺は満足していたのだろう。
 華奢な身体の線が服の上から見ても分かる。
 そんなカデンツァから目をそらしたくて、苦し紛れにモーグリを呼んだ。
 カデンツァはアトルガン皇国では傭兵だが、クォン、ミンダルシア大陸においては正規の冒険者ではない。チョコボ免許証がなかったり、レンタルハウスに冒険者協会から派遣されるモーグリが居ないのはそのせいだ。物珍しそうなカデンツァの視線にモーグリも居心地が悪そうで、床に散らかした鎧と服を器用にまとめると早々にバスルームから出て行ってしまった。
 普段、俺たち冒険者が普通にしている事を、カデンツァは出来ない。
 例えば飛空艇に乗って各国を行き来したり、各地のアウトポストを利用したり。そういう当たり前に思う事が、カデンツァにとってはとても難しい事だったりする。正規の手続きをして冒険者になれば手っ取り早いのだが、し損ねている、といった方が正解なのかもしれない。


 

 

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