Wish-Kadenz-/Onslaught

 



 あの事があって早数ヶ月が過ぎた。
 俺の生活はゆっくりと変化していって、リンクシェルや友人、と呼んでもいいのか分からないけれど、ルリリやツェラシェルたちとも何かをする事が増えた。お気に入りの噴水が見下ろせる俺の特等席は空っぽになっていることが多くなり、ただシャウトを聞きながらぼうっとするだけの時間は減っていった。
 レヴィオのリハビリという名目で、一度も行った事のない場所へ一緒に行ったり、内緒でチョコボに乗せて貰ったりして過ごす日常は驚くほど穏やかで、自分が魔物なのかだなんて考える暇なんてなくなっていた。それと同時に、身体の中で暴れていた俺が喰らってきた魔物もまた、性質が穏やかなモノに変化してきている気がした。
 解放も、無に還る事も出来なかったけれど、俺と俺の中の魔物たちは奇妙な共同生活をしている。必要なときに身体の一部を明け渡すのは同じだけれど、そこにはちゃんと俺の意志があった。
 痛みや苦痛は同じでも、それはとてもとても大きな変化だ。
 最初はその力を行使する事に反対していたレヴィオも、俺の変化を感じ取ったのか、無茶をしなければ許容してくれた。相変わらずツェラシェルだけは頑なに使うな、と言ってきたけれど、それはきっと変容を畏れているのだろう事は想像に容易い。大丈夫だ、とはっきりと言ってあげることは出来ないけれど、もう先がない、とは思わなくなった。
 そういう変化の中、変わらないレヴィオ。
 あの頃から何一つ変わらない。俺に触れてくる指先はいつも躊躇いがちで、そのくせ何も言わずに側にいた。レヴィオには俺との間にレヴィオが引く境界線があって、けして拒否とは違う彼のライン。
 俺だってそこまで鈍いわけではないから、レヴィオが俺に友人以上の好意を寄せてくれていることくらいは分かった。多くの人が考えるであろう男同士だとかという疑問は俺にはない。普通に男であろうと性の対象になることは身をもって経験しているわけで、男女間だろうが相手が男であろうが、結局の所行き着くところは同じだ。
 だけどレヴィオはしない、と言った。
 態度や隠れてしているところを考えると、したくないわけではなさそうだ。だけど、俺が誘ってもダメだの一点張り。したければすればいいのに。減るものではないし、俺はといえばそういう行為に残念なぐらい慣れているのだから。
 それがいけないのだろうか。俺にとってはどうでもいいことでも、レヴィオにとっては俺が「はじめて」ではないからいやなのだろうか。毎日のように後始末をしてきた身体は、思い出していやなのだろうか。
 いつも決まって俺はどうしたい、と聞かれる。
 レヴィオがしたいなら、してもいいのに。でもそれではダメなのだと。俺は毎度答えに詰まる。
 背中に回されたレヴィオの手は驚くほど優しくて、リズムを刻むように俺をあやす。
「一人で置いていったのが怖かったのか?」
 冗談交じりにそう言うレヴィオ。
 俺はまだうまく伝えられないけれど、匂いでここがレヴィオの部屋だってすぐに分かった。だから、怖くなかった。寝てしまった俺を、あんたが連れ帰ってくれたんだと、信じて疑わなかった。
「久しぶりの長丁場で昂ぶってんのかもな。飯喰って風呂入って寝るか?」
 絡めた指が離されそうで力を込める。
「カデンツァ」
 窘めるような声。
 レヴィオの心臓の鼓動が一際高くなった。
「飯、喰おう、な?」
 色々買ってきたから。お前の好きなものを食べられるだけ食べればいいから。
 絡めた指だけは離さないまま、レヴィオは俺をテーブルへと促した。額に唇の感触。立ち上がると、のろのろとテーブルにつく。手を繋いだままレヴィオは器用に持って帰ってきた袋をあけて中身を取り出した。
 パッキングされた食べ物はどれも色とりどりで、レヴィオが俺が好みそうなものを選んできたに違いなかった。
「野菜と、魚を中心に買ってきた。食べられそうか?」
 そう言ってレヴィオは俺の為にもう1つ用意された椅子に腰掛けた。
 俺の右手は、レヴィオの左手と繋がったまま。
 何を考えたのだろう。でも、きっと俺とレヴィオは同じ事を考えたに違いない。
 器のひとつからレヴィオは切り分けたキッシュをつまみ上げると、そっと俺の口に運んだ。まるで親鳥から餌を貰う雛鳥のように、薄く口を開けてキッシュを咥える。生クリームとチーズの香りが口の中に広がって、誘われるように次の一口を頬張った。
 軽く、レヴィオの指が唇に触れて、追いかけようとしたがすぐにそれは遠くに離されてしまった。


 

 

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