Wish-Kadenz-/Onslaught

 




 プチミスラントマトのヤグドリ煮。
 ボスディン菜の卵とじ。バタリア菜のクリーム煮。

 少しずつ、だけどとても行儀悪く、口に運ばれる料理。
 レヴィオの長い指に乗せられたサワークリームが、指ごと舌の上に乗った。
 多分、お互いにこのときを待っていたのかもしれない。
 レヴィオの指を咥えて、サワークリームを舐め取る。全部丁寧に舐めきっても、吸い付いては指の付け根まで口に含んだ。しゃぶりつく、と表現するのがしっくり来るほど、食べ物ではないレヴィオの指をただ舐める。
 人差し指、親指。そして中指。
 絡めている方の手が、指が、ぎゅっと力を込めて握られた。
 熱の籠もった短い吐息。
 視線をあげれば、何かを我慢したような哀しそうなレヴィオの顔が、目の前にあった。
 あぁ、俺はあんたのそんな顔を見たいわけじゃないのに。
 唇から指が抜かれて、代わりに俺の唇をレヴィオの唇が塞いだ。それと同時に、レヴィオの表情も見えなくなった。今どんな顔をして俺と唇をあわせているのか、俺からは見ることが出来ない。だけど、きっといつも通り、ちょっと困ったような、躊躇いの表情に違いない。
「ん…」
 食べられる。
 いつになく激しい口付けに少し戸惑った。一度離れた唇は、大きく息を吸い込むとまた重ねられる。繰り返される口付けは、口の中に残っていたサワークリームの味がなくなっても続けられた。
 椅子が音を立てて転がる。
 驚いて目を向けようとすると、身を乗り出したレヴィオの手が俺の頬を掴んだ。バランスを崩し、椅子から音を立てて身体がずり落ちる。息を飲んで目を閉じても、衝撃はいつまでたっても来なかった。床に抱きしめられたまま、二人で転がったのだと理解しても、中々目を開けることが出来ない。ただ、レヴィオの唇の感触だけが唇にある。
 太ももにかたい感触。レヴィオが勃起しているのだとすぐに分かった。
 気付かないふりをしていた。躊躇いながら何度も俺に口付けて、俺を抱きしめて、それでいてそれ以上の事は何もしなかったレヴィオ。触れあった胸伝いに感じる鼓動の早さも、俺の指に絡むその手の震えも、分かっていたのに俺は知らない振りをした。
「レヴィオ」
 あまり他人の名前を呼ばない俺が、レヴィオの名前を唇で象った。
 思えば他の修道士の名前なんて殆ど他人を認識するための登録番号でしかなかったのに、レヴィオだけは違った。
 シャマンド様、アルノー様、エペルデュール様、ミアジョ様、パジサリ様、アビオレージェ様、ワオーレーズ様。形式通り敬称を付けて、ぎこちない笑みを顔一杯に貼り付けて身体を差し出した相手。でもレヴィオには敬称は付けなかった。レヴィオの階級が、自分が敬称を付けて呼んでいる修道士様の遙か上だと知っても、それは続いた。レヴィオは何も言わなかったし、怒りもしなかった。他の修道士たちも、何も言わなかった。
 対等だと思ってたわけじゃないと思う。
 多分、あそこで俺を人として扱ってくれたのは、レヴィオだけだったから。
 あの時から、ずっと、レヴィオだけは特別だった。なんて、今更すぎだ。
 床に繋ぎ止められた手のひらが熱い。
「レヴィオ」
 もう一度その名前を呼んで、初めて、自分から口付けに応えた。
「俺はあんたの喜ぶことをしたい」
 せめてそれくらいはさせて欲しい。いつもして貰ってばかりだ。
 だから、してもいいんだ。あんたがしたいこと、してくれていい。我慢しなくてもいい。別に俺は我慢しているわけではないから、好きにしてくれていいんだ。
 そっとレヴィオの下肢に手を伸ばすと、左手もまた長い指に絡め取られて床に押しつけられた。分からなくてレヴィオを見つめれば、やっぱり泣きそうな困ったような、つらいような、そんな表情でレヴィオが笑った。
「馬鹿言え」
「でも」
 いいから、とレヴィオはそのまま俺の額に唇を落とした。いつものレヴィオ。いつもの行為。
「じゃあ、ひとつだけお願い聞いてくれ」
 引き下がらない俺に囁く柔らかい声。
 手より口がいいのかな、と馬鹿な事を考えていたら見透かされたのか額で叩かれた。
「痛い…」
「今日は帰らないでくれ」
 予想もしていなかった言葉に、一瞬思考が止まる。
「何もしない。しないから隣で寝て、明日一緒に起きよう。温かいココアで起こすから、一緒に朝を迎えよう」
 真剣な表情に、してもいいのに、とは言えなかった。
 そんなことでいいのか、とも言えなかった。
 きっとそれが今のレヴィオの精一杯。
 俺が頷くと、レヴィオは本当に泣くかと思うような切ない笑みを浮かべた。


 

 

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