Wish-Kadenz-/Onslaught

 



 暗闇の中でひとり、目が覚めた。

 慣れ親しんだ闇。暗闇が怖いと思った事はない。
 違うのは冷え切った部屋の堅いベッドではなく、柔らかくあたたかなベッドだということ。
 見慣れぬ天井。だけど、この場所が何処かなんてすぐに分かった。枕、シーツ、微かだけど分かる、レヴィオの匂い。
 あのままきっと寝てしまったのだ。直前の戦闘中に視界が霞んで、思わずレヴィオの姿を探した。一瞬の油断、だったのだと思う。だけどその反応の遅れが、レヴィオの友人だという彼を地面に伏せさせた。
 ごめん、と紡ぎかけた唇を、今まさに倒れようとした彼に目配せで止められた。
 休憩で、との言葉で枯渇しかけた魔力を取り戻そうと腰を下ろせば、まるで身体はフ・ゾイの床に同化するかのように溶けていくような感覚に襲われた。これは危ないな、と目を閉じて、それが記憶に残る最後。
 正直、狩り場で眠った事なんてなかった。
 だから、戸惑うのと同時に、俺はなんてレヴィオに依存していたのだろうと後悔した。あの頃と、何一つ変わらない。
 ───あとはやっておくから。
 その言葉でいつも安心して意識を手放した。
 きっと今回も、レヴィオがそばに居ることに安心して醜態をさらした。あれからどうなったのだろう、俺一人いなくても続けることは出来ただろうけれど、あそこはお世辞にも安全とは言い切れない場所だったし、なにより自分がここで寝ている以上、レヴィオが連れて帰って来たのは明白だった。
「謝らなきゃな」
 そう独りごちて携帯端末を探しにサイドテーブルに手を伸ばすも見あたらない。レヴィオは彼の元に戻ったのか、部屋にいる気配はなかった。寝転がったまま伸ばした指先が、乾いた音を立てる羊皮紙に触れる。たぐり寄せるとメモのような文字が微かに見えた。
 人ではなくなった身体は、薄暗がりでも僅かな光を認識するようになった。だけど、さすがにこの薄闇のなか、メモに書いてある文字を判読することは出来ない。諦めてサイドボードのランプを探すも、さすがに自分のレンタルハウスと勝手が違う。いつも手を伸ばしてある場所にそれはなく、もどかしい気分で身体を起こした。
 同時に、玄関の扉が音を立てて開く。
 思わず息を飲んだ。
 ふわっと部屋に魔法の灯りがともる。
「起きてたのか、灯りくらい付けろ」
 少しだけ咎めるようにレヴィオは言った。
 咎める理由は俺があの6年を思い出すからだ。あの殆ど灯りのない、薄暗く冷たい納戸を。そんなこと、どうだっていいことなのに、レヴィオは俺以上にそれを気にしている。レヴィオが責任を感じる事なんてひとつもないのに、だ。
「今、起きて灯りを探してた」
「そうか、悪い」
 手に提げた袋をテーブルの上に無造作に置いて、レヴィオは近づいてくる。俺はどんな顔をしていたのか、とにかく謝らないと。
「ごめん、俺寝てしま」
「疲れてたんだろ、こっちこそ気付いてやれなくてすまん。調子はどうだ」
 ベッドまで寄ってきたレヴィオが隣に腰を下ろし、その大きな手が頭を撫でる。言葉を遮られて、髪をかき上げられるとレヴィオの額が俺の額にくっついた。温かな感触と、吐息に混じる微かな酒の香り。
「あいつならまだ籠もるっていうからそのまま置いてきた。そろそろ戻ろうと思ってた所だったから、気にしなくていい」
 俺が口を開く前に、レヴィオは聞きたいことを先に口にした。
「腹減ってないか、色々買ってきたんだが」
 額が離れて、温もりが消える。無意識にレヴィオの腕を掴んだ。
「どうした?」
 どうしてなのか自分自身でもわからなくて、どうしたらいいのか、なんて答えたらいいのか、絡まっては結び目になっていく思考が停止する。レヴィオの腕を掴んでいた手を指で絡められて、レヴィオは躊躇いがちに俺を抱き寄せた。
 呼吸音。心臓の鼓動。
「どうしたんだ、本当に」
 優しく囁く声。
 わかったら、言ってる。わからないから、もどかしいのだ。
 それを伝える言葉を、俺は知らない。


 

 

Next