Sigh-Leviony-/Onslaught

 



 それから3時間ほどして、もう2枚使えそうなチップが追加されたものの、既にフ・ゾイに来てから5時間がたとうとしていた。休憩は適度に挟んでいるものの、さすがにヤツも疲れてきたのかミスが目立ちはじめ、とうとう懐から取り出した紙兵を取り落とした瞬間に運悪くゴラホの攻撃が入り、地に伏した。
 同時にゴラホは始末したものの、ヤツは床に転がったまま起き上がらない。
「おい、大丈夫か」
「いってぇ、ミスった」
 顔を顰めて傷口を押さえたヤツはゆっくりと身体を起こした。後ろでカデンツァが安堵のため息を漏らしたのがわかる。剣をおさめると、カデンツァはどこから取り出したのか、真っ赤に熟れた果実をヤツに差し出した。
 この果実、白魔法のケアルと違い、強壮剤とでも言うのだろうか。俺もよく戦闘中無理矢理口の中に突っ込まれるが、甘酸っぱい小さな果実は確かに疲弊した体を癒してくれる。たちどころに傷口が塞がるわけではなかったが、随分と持ち直した感じがした。
「ありがと、悪いね。少し休憩で」
 だけどそう言ったヤツの顔色は悪い。そりゃこんな場所で何時間も、何日も籠もって同じゴラホを相手にしていれば疲れもするだろう。舐めていい相手でも、気楽にやれる相手でもない。何よりここは言うほど安全な場所でもないのだ。一度戻るべきだと苦言を呈しようと口を開きかけると、それを遮るように差し出された手。
「なんだ」
「煙草、もってんだろ。くれよ、レヴィオ」
 催促するかのように何度も手が俺の目の前に出され、ため息が出た。
「なんだよ、持ってないのか。禁煙か?」
「ちげぇけどよ、ちょっと待ってろ」
 もう何日も吸ってないしわくちゃになった煙草をポケットから取り出して手渡す。直ぐさま一本取り出して唇にのせたやつに、まだ吸うなと念を押して、癖か気を遣ったかほんの少しだけ離れて休憩していたカデンツァの側に行く。
 近くに行っただけでカデンツァは察したように立ち上がった。
「煙草、吸うからさ」
 わかってるよ、と言いたげに僅かな笑みを作るカデンツァ。
 ぎこちない、と他人の目にはうつるかもしれない。それでも、笑ってくれようとしてくれる。俺にはそれでよかった。
 誘導するように肩を引き寄せて安全そうな通路の出入り口に座らせる。吸い終わるまで、お前が煙草の煙を吸わないように。
「あんたは、…レヴィオは、吸わないのか」
 あんたは、と一度言ってから、少しだけ間をおいて俺の名前を呼んだ。
 こういう少しずつの事が今は嬉しい。わかるだろうか。伝わっているだろうか。俺は幸せなのだと。
「いや、俺は」
 煙草なんてどうでもよかった。実際、昨日逢っていたから最後に吸ったのは二日前になる。
 カデンツァと逢うときは吸わない。
 それが俺が勝手にしていること。カデンツァがどう思っているかは、実のところ知らない。結局の所、俺の自己満足に過ぎないけれど、今はそうしたい。煙草の臭いが苦手なことを、俺は知っているから。
「俺の事は気にしないでいい。少し休むからあんたも煙草を吸ってきたら」
 それなのに、わかった、と頷くしかなかった。
 俺たちに必要なのはお互いのことを話す時間なのだと思い知る。足りない。まだ、ちっとも足りない。
 カデンツァはすぐに壁に背中を預け、剣の鞘を抱いて目を閉じる。思いの外、疲れているのはカデンツァの方だったのかもしれない。比較的安全だとは言え、絶対に安全とは言えない場所だ。熟睡する事はないだろうが、そろそろ撤退を考えなくてはならないだろう。
 静かに足を忍ばせて友人の元へ戻ると、待っていてくれたのかようやく友人は煙草に火を付けた。
「ふぅ、煙草も切れて久しいわ。ちょっと考えなしすぎた」
 笑いながら美味しそうに紫煙を吐き出した友人の表情は先ほどまでの張り詰めたものではない。束の間の休息を満喫し、安い紙煙草をギリギリまで吸い尽くした友人は名残惜しそうに火を消した。
「少ないけどそれ全部やる」
「マジ禁煙すんの?」
 嬉しそうにもう一本取り出し、火を付ける。
「どうだろうな、わからない」
 色々な思いがこもったため息を一つ。
「遠慮すんな」
 元俺のものだった煙草が差し出され、俺はそれを手に取った。火を付けないまま背中を壁につけたままずるずると友人の隣に腰を下ろす。
 なんだか、泣きそうだ。
 大事に、したいんだ。



 

 

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