Sigh-Leviony-/Onslaught

 



「なあ、おまえさ」
 煙草に火を付けようと身体を俺に寄せてくる友人の気配に顔を上げた。
「いつもそんなにだだ漏れなわけ」
 思わず聞き返した。
 はぁ、と。
 だだ漏れって何が。
「まぁ、ちょっと表情かたいけどキレイな子だし、腕も悪くない」
 カデンツァの事だと想像するのは容易い。友人は煙草をくわえながら、明らかに笑いを堪えようと膝を抱えて背中を丸めた。
「おまえでも、そんなふうに人を好きになるんだなぁ」
「はぁ!?」
 笑いを堪えるのに必死だと言わんばかりに肩を震わせて、友人は俺をじっと見つめた。
「いや、馬鹿にしているんじゃないよ。むしろ、一歩距離を置いたつきあいをするやつだと思っていたから、そういうお前を見ることが出来て俺は嬉しい」
 なんとなく、言葉に詰まった。
 隠し事をしていることを、まるで最初から知っていたような友人の口ぶりに胸が痛む。
「いいんじゃねーの、青臭いのも」
「青臭いってお前、もうちょっと言い方あるだろうが」
 やっとの事で返した言葉は悪態で、友人は思いっきり咳き込んでしまった。
 こんなにも自分に余裕がないのは初めてで、友人にも似たような言葉で指摘を受ける事になる。焦っているつもりはなかったけれど、伝わっていないのではないかともどかしい思いをしていたことは確かで、答えを求めていたことに改めて気付かされた。
「お前の気持ちが伝わってないわけじゃなさそうだし」
「そうか」
 本当に、そう安堵した。
「なに、いつからそんなにピュアになっちゃったのお前」
 からかい半分、慰め半分。軽く叩かれた肩がやけに温かく感じた。
「さて」
 そう言って何本目かになった煙草の火を消すと友人は立ち上がる。
「あの子、寝ちゃってんじゃない?」
 言われて慌てて駆け寄ると、鞘に額の一部を預けて静かに寝息をたてているカデンツァ。軽く撫でてみるが、小さく吐息を漏らすだけで目を覚ます気配はなかった。思った以上にカデンツァへの負担は大きかったようで、そんな単純な事にすら気付けない自分をひとしきり心の中で罵っておく。
「長い時間ありがとな、そろそろおまえらだけでも帰そうと思ってたところだったし丁度いい。助かったよ」
 最後まで付き合いたかったが、寝てしまったカデンツァをこのままにしておくわけにはいかなかった。もってきた荷物袋のなかからありったけの食料と触媒、消耗品を半ば押しつけるようにして手渡す。突っ返されるかと思ったそれらは短い礼と共に友人の腕の中に無事収まった。
「おまえらが起きる頃には必要数揃ってる。俺だからな」
「足りなければまた来る」
 そう言ってからカデンツァをそっと抱き上げた。
 一番最初にこうやって抱き上げたとき、この小さな身体は酷く頼りなく思えた。今も大きさは変わらないが、受ける印象は全然違う。
 カデンツァの手を離れ、床に音を立てて転がった曲がっていない長剣。持ち主を選ぶとされる、意志のある伝説の剣を模したもの。俺はこの剣のようにカデンツァに選ばれるに足る男だろうか。
 ときには矛となり、あるときには盾となって、共に歩いていけるだろうか。
「まあ、ガンバんな。俺はお前がホモでも全然オッケーだから、気にすんなよ」
 迷いを見透かされたように大きく背中を叩かれた。それと同時に、自分の恋が一般的ではないことを改めて思い知らされる。結局の所、俺もあのクソったれな大聖堂に冒されていたってわけだ。
「お前は悪いやつじゃない。俺が保証してやる。あ、でも俺はダメだからね。俺やっぱりおっぱいないとやだし」
 両手で胸を覆い隠すようにしておどけて見せた友人にため息と一緒に込み上げる笑い。
「俺はお前のことダチだと思ってっから、言いたくないことなんて言わなくていい。でも悩んでるなら、聞く準備はいつでも出来てる」
「ありがとう」
 もう一度ガンバレ、と言われて素直に頷いた。
 抱きかかえてしまうと安心した様子で本格的に寝入ったカデンツァに安堵と罪悪感と。残る友人にじゃあ、と声を掛けて呪符を切った。魔力に飲まれる耳に届く声は、友人のまたな。
 ぼやけていく白いフ・ゾイの風景と、重なるようにして現れるくすんだ石畳のアルザビ。
 急がない。急かさない。今はゆっくりでも少しずつ変わっている事を感じられるのだから。
 そう言い聞かせてカデンツァを抱えなおし、俺は居住区へと足を向けた。

 

 

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