Sigh-Leviony-/Onslaught

 




「ああ、あ、ありがとう!」

 熱烈歓迎、とはこのことだ。
 手土産に飯まで持ってきた俺を、ではない。カデンツァを、だ。
 友人はよろしく、と軽く頭を下げたカデンツァを見て、俺の持ってきた飯には目もくれずカデンツァの手を取って歓迎の意を露わにした。あいつは困った様子でもなく、ただ自分の手を握る友人を無表情に見ている。さっさとその手を離せよ、と言いたかったが、関係を説明する方が馬鹿馬鹿しい。
「さっさと喰っちまえ」
 ぐっと堪えて持ってきた飯を差し出すと、友人はサンキュー、と軽い調子でそれを受け取り、持つべきものはシーフの友だな、とほざく。軽く受け流して、ヤツが飯を胃に流し込んでる間に打ち合わせを、と振り返ると、視線に気付いたカデンツァが俺を見上げた。
 揺れる深紅の瞳。
 だけどその奥に何が潜んでいるのか、俺にはまだ分からないでいた。
「悪いな、もうちょい待ってくれ」
 そう言うと、本当にうっすらと、笑った。
 1日ぶりの飯にありついた友人が、口の中にひたすら詰め込んだまま俺を呼ぶ。
 俺と同じエルヴァーンのヤツは、片手におさまる片刃の剣を二刀で持つ忍者だ。黒装束、というには装飾のありすぎる東方の装備を身につけており、長い手脚にそれは随分と栄える。大聖堂時代からいくつもの冒険者稼業を一緒にこなしてきただけあって、随分とつきあいの長い友人だが、俺が大聖堂に居たことは知らない。
「なぁー、美人だな。実は女の子、とか言わない?」
 呼び出して耳打ちしてくる台詞がそれ。
 ご立派なものがついてます、と言いかけてやめた。
「同じモンついてる」
「まじでぇ、クソ、俺今日からホモになる!」
「死ねよ」
 女好きのコイツがホモになれるとも思えなかったが、呆れた様子でお手上げの仕草をしてみせると、ヤツは最後のアルザビライスをかきこんで俺に手を合わせた。怪訝な顔をしていたら、悪びれた風もなく、東方では飯を食い終わったらこうやるんだとよ、と教えてくれる。
「ご馳走様、お待たせ。ごめんね」
 カデンツァに手を振って、ヤツはそのまま隣に居座った。
 調子のいい男だが、信頼は出来る。分かっているのに、俺は嫌な顔をしている気がする。
 そこは俺の場所だと主張するつもりはない。だけど、俺がそいつの隣にいたいんだ。その場所にいたいんだ。
 困った病気だ。


「やっぱシーフは凄いな」
 何戦かしたあと、通路の先、ほどよく広くなった小部屋の安全を確認してから、しばしの休息を取る。それは主に青魔法を行使するカデンツァの為だ。だけどこういった休息は誰もが等しく必要で、気を抜けない戦闘からくる緊張で凝り固まった身体をほぐす役割もある。
「別に、使えそうなチップ探してるだけだ。それにまだ2枚しか使えそうなのなかっただろ」
 壁に背中を預け、持ってきたパママ・オレに口を付けた。
 ゴラホはまるで硝子が割れるように、機能を停止させるときにその体表を砕いてしまう。ばらばらに崩れてしまったゴラホ、だったもの、の中から、比較的原形をとどめた六角形のチップを探すのは容易ではない。使えない、使い物にならないがらくたばかりが足下を埋めていく。
「俺は見落とすからな、ありがたいよ。1枚でも見付けてくれたらそれで」
 感謝の気持ちが伝わってくるが、正直なところ役立っているのか実感がない。
 そもそも冒険者同士の円滑なコミュニケーションのために役割付けられたのが職業だ。シーフ、と呼ばれるが盗人ではない。確かに彷徨くゴブリンからちょっと金貨を失敬する事はあるものの、当然同業者、問わず人様の何かを盗むことは法律、ないし冒険者憲章に反するのはどの職業でも同じだ。冒険者協会から最初に渡されるシーフのジョブ指南書には、いかにして相手の攻撃を見切るか、が無意味にだらだらと書いてあり、結局は自力で鑑定眼や小細工に磨きをかけていく事になる。どの分野に特化するかは、個人次第というわけだ。
「じゃ、再開しよか」
 ヤツが立ち上がり、ナチュラルに座っていたカデンツァに手を差し伸べる。
 時間大丈夫、とか、もう少し休憩してもいいよ、とか鼻で笑ってしまう。飽きたら帰ってもいいから、とかな、俺が帰ると言いたくなる。
 それは俺の役割なんだ。長いつきあいなんだから察してくれ。


 

 

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