Sigh-Leviony-/Onslaught

 




 朝起きて、最初につくのはため息。
 一人で目が覚める朝。いつもの風景、いつもの光景。
 狭いレンタルハウスに備え付けの比較的大きなベッド。エルヴァーンの多い、というか各人種が満遍なく生活しているアトルガン地方ならではの傭兵用備品、といった所か。当然だがタルタルには大きすぎるし、ヒュームやミスラでも小柄なやつなら扱いに困る程度の大きさがある。
 そんなベッドに、ひとりだ。
 相手からはそこはかとなく俺に対する好意は感じられるのだけれど、はっきりとした言葉はない。
 こんなにも長い時間一緒にいながら、俺たちはいまだにお互いのレンタルハウスで同じ朝を迎えたことはなかった。アサルトや防衛戦に参加して、軽く食事をして。食事の後はどちらかのレンタルハウスに寄って酒でも飲むか、アルザビ珈琲で一息つくかしたりして。
 だけどその後がない。
 でも、俺の部屋なら決まってあいつは言う。
 俺もまた、あいつの部屋では必ず同じ事を言うのだ。

 じゃあ、そろそろ帰る、と。

 日付も変わらないうちから、大体決まった時間にその終わりの言葉はやってくる。
 別にその後の一般的な恋人同士の行為を期待しているわけではない。むしろ、あいつが望まない限りそんな行為に及ぶつもりもない。ただ、その夜という時間が、あいつにとっての思い出したくもない記憶を呼び覚ませているとしたら、もう一人ではないのだと、そう伝えたいだけなのだ。もうここは薄暗く、寒いあの納戸ではないのだから。
 珈琲を入れようと起き上がったところで、リンクシェルを通じて友人の声が届いた。
『レヴィオ、起きてるか。暇なら手伝ってくれ』
 何を、抑揚のない声で返して慌てて取り繕った。
「わり、今寝起きで頭動いてねえ。それでもよけりゃ行くが」
 もう何度目のため息になるだろう。リンクシェルに聞こえないようにそっとため息をついて、友人から場所と目的を聞き出した。友人がいるのは、かつての神都アル・タユ。そこに建造されているフ・ゾイの王宮に彼はひとりでいた。
『頼むわ、ついでになんか飯買ってきて。昨日から何も喰ってないんだ、腹減った。助けてれびおさーん』
 最後の棒読み具合に一度戻ってこればいいだろう、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、多分へこんでいるであろう友人の為に手土産を準備した。後は暖かいシシケバブでも買って行ってやれば少しは気持ちも上向きになるだろう。そう思ってから、ふと思いついて友人に声を掛けた。
「もし、まだ籠もるならもう一人声掛けてみるが」
『マジで、有り難い。3日籠もって2枚だったんだ、俺もう泣きそう』
 もっと早く声掛けろよ、とか、3日籠もるとかどれだけ暇人なんだとか、ゴラホMチップのMはマゾという意味に違いないとか色々思いついたがどれも言葉にはしなかった。リンクシェルから聞こえる感謝の言葉を聞き流しながら、早まる心臓を抑えて携帯端末を握り締める。
 登録してあるあいつの端末を呼び出すと、すぐに出た。
「悪い、起こしたか」
 やんわりとした否定の言葉と、用件を促す短い言葉。
 素っ気ないが、感情のこもらぬ声ではない。事務的でもない。それが分かるだけ、ホッとする。
 簡略的に目的を告げて、時間あるかと問えば、やや苦笑いを含んだ了承の返事。どうやってアル・タユに行くか、と聞けば、丁度リンクシェルのメンバが数名アル・タユ方面に向けて出発するらしく、それに便乗させてもらうと返ってきた。
 昔なら、丁度ジュノで再会した頃だったら、きっと少しだけ考えて彼は言っただろう。
 テレポ屋捕まえて行く、と。
『レヴィオも、乗る?』
 突然そう問いかけられて、慌てて頼む、と返す。じゃあ、バルラーン大通りの柱前で、と少し楽しそうに言ったのを最後に端末間の通信は途切れた。
 すごく機嫌、よくねえか?


 

 

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