Dinner-Zeller-/Onslaught

 



 普段なら、メニューから相手の好みそうなものや、軽く食べられるもの、時間差で出てくるだろうものを簡単に見繕って注文するのは俺の役割だ。それは大人数でも、少人数でも変わらない。食べたいものがあれば、みな俺に言う。飲み物も、必要なものも、まとめて管理するのは得意だった。
 だから、落ち着かない。
 赤毛は渡されたメニューを見ることもなく、調理場の見えるカウンターに大きく備え付けられた黒板を見て、あれは食えるか、これは食えるかと聞いてくる。そのたびに、わからないが食べられないものはない、と素っ気なく答える。
 俺は釣りをしないから、この地方で水揚げされる魚などはよく知らない。こいつが口にする魚の名前はどれも馴染みがなく、味の想像なんて出来そうにもなかった。
 初めてくる店。俺はこの店に誰かを連れて来て、食事を選んでやることは出来るのだろうか。
 興味本位でメニューを見てみたが、申し訳程度に書かれている説明書きを見ても、その料理がなんなのか理解出来たのはごく一部だけだった。
 いつもなら自尊心が邪魔をしてしまう所だったが、馬鹿にされることを覚悟で、気になった料理のいくつかを、どんなものかと聞いてみる。赤毛は馬鹿にすることなく、親切丁寧にこの辺りの近海で捕れる魚を使ったソテーだとか、慣れ親しんだ名前の魚や調理方法に例えて、わかりやすく説明してくれた。
 出会うタイミングや、もっと別の出会い方をしていたら、俺たちはいい友人になれたのかもしれない、だなんて、がらにもないことを思った。
 今は無理。まだ無理だ。
 俺が一方的に悪い話なのだが。
「遅れちまったけど、ありがとうな」
 煌びやかな装飾のカップに注がれた、得体の知れない酒が運ばれてきたのをきっかけに、赤毛は───レヴィオはゆっくりとグラスを掲げた。あわせるように軽く掲げて、重なる軽い金属音。
 礼を言うのは、俺もなのに。
 カデンツァを助けてくれてありがとう。
 俺では与えることが出来なかった優しさを、きっとこいつは当たり前のように与えるに違いない。思い返せば、泣き顔ばかりが脳裏をちらついた。泣かせてばかりだった。色々な意味で。
 きっと言えばこいつは否定するだろうが、カデンツァがどっちを選んだかなんてわかりきった話だ。一度は俺もこいつも同じように選ばれなかったと思ったが、それは間違いだ。今ならよくわかる。
「まぁ、重たい話だから色々省くわ」
 酒を口に含んで、微かに笑うレヴィオ。
 カデンツァとレヴィオの間に何があったのか、興味がわかないわけではなかったが、聞いてはいけない気がして聞けないでいた。きっと話せるようになれば、話して貰えるのではないか、という希望は少しあるけれど、少なくとも今はまだ聞くべきではないのだろう、という気がしている。
 けしていい話ではないだろう、というのがわかりきっているから、というのも少なからずあるが。
「調子はどうなんだ」
「それなりに少しずつ復帰してるところ、だな」
 随分なまっちまったんでな、と軽くかわされるが、そうそう以前のようにはいかないだろう。なんせ酷い怪我だったし、一度は死に神に楽園への渡し賃を支払ったといっても過言ではないのだから。
「正直、生きているのが不思議だ」
「俺もそう思う」
 今でも鮮明に覚えている、赤の海。
「お前には後でぶん殴られる覚悟だったよ」
「言うな、思い出す」
 頭では理解出来ても、心で理解出来なかった。
 俺だけ蚊帳の外か、と恨んだ。
 でも今は、カデンツァが幸せであればそれでいいと思える。その隣に立つ事が出来なかったのが残念だけれど、俺では出来なかったことを、他の誰かがしてくれたら。きっと俺は、それでいいと、今は思えなくてもいつか、必ず思えるはずだ。
 未練がましいが、人間そんな簡単には変われない。
 長く続けてきたことならなおさらで。今まで作り上げてきた俺、という偶像が、音を立てて崩れていくのはやはり気分のいいものではない。だけど時間をかけてゆっくりと、少しずつ削ぎ落として、中心にある恥ずかしい生身の部分をさらけ出せるときが来るはずだ。そんな俺を受け容れてくれるやつらがいるはずだ。
 そのときには、この俺の心を支配した赤い悪魔も青く昇華されているに違いない。

 

 

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