Dinner-Zeller-/Onslaught

 



「喰わないのか」
 次々と運ばれてくる料理に殆ど手をつけずにいるレヴィオにそう問いかけてから、それがバカな質問だったということに気がついた。レヴィオは帰ってから、カデンツァとまた食卓を共にする気なのだ。
 俺なら間違いなく、今喰って、カデンツァひとりの分を買って帰ったことだろう。
 テーブルの上に並べられた色とりどりの食事も、ひとりでは色褪せて見えることもある。そんなことにも気付かないで、俺は自己満足を相手に押しつけていた、というわけだ。考え過ぎかも知れないが。
「飯の最中にしけたツラすんじゃねぇ」
 質問には答えず、レヴィオはサラダにのっていた、真っ赤に熟れたミスラントマトを指でつまんで口に入れた。
「くぇねえモンあるなら遠慮なく言え、喰ってやるから」
「馬鹿言え、俺に好き嫌いはない」
 こうやってこの男は何人にも同じことを言ってきたに違いない。
 出会った時の印象が最悪で、最初はどうしてもいいようには思えなかった。だけど何度もイベントなどに顔を出して来ると、意外な部分に気付く事も多くて。案外世話好きだとか、一度気を許した相手にはとことん甘いとか。そのくせ、知らない人を相手にするときは一変して無愛想になったりする、とか。
 俺はある意味気を許されているのだ、と、気付いたのは最近のこと。
 そんな事を考えながら、小さな取り皿にのせたフリッターを行儀悪くフォークで弄んでいると、もう腹は満足したか、と聞かれた。まあそれなりに、とばつが悪くなってフリッターを口に放り込んで目をそらす。
「じゃあ、包んで貰うか」
「別に、残しても」
「ダメだ」
 いつになく強い口調でレヴィオはそう言うと、軽く手を挙げて店員を呼び止める。
 うまかったよ。でも調子に乗って頼みすぎて胃袋におさまりそうにねぇんだ、悪いんだけど包んでもらえねぇかな。
 そんな会話が耳に届く。
 不思議な感覚だった。俺は食べきれないものは、悪いとは思うが残せばいいと思っていた。無理して食べるものでもない、と。言い方は悪いが残り物を持って帰る、という選択肢を俺は今の今まで知らなかったのだ。
「悪いな、俺ちっせぇ頃あんまり飯にありつけなかったからよ」
 いや、いいんだ。いいことだと思う。
 そんな言葉がやけにすんなりと口に出て、レヴィオは熱でもあるのか、と笑い飛ばした。
 俺はといえば、レヴィオの顔をまともに見ることが出来ず、なんとなく申し訳なくて、食べかけの皿から持ち帰り用の容器に入れ替えられていく食べ物を横目に俯くことしか出来なかった。
 俺は、そんな経験したことがない。
 俺は無知だ。
 店員が残りものを詰めた袋を俺に差し出すので、礼を言って受け取る。レヴィオはいつの間に注文したのか、カデンツァの分を受け取っていた。完全に奢られるのもどうかと思って、せめて端数分くらいは、とタバードから金を取り出すと、大きな手がそれを遮った。
「黙って奢られとけ。俺はシーフだからな」
「いつの時代だよ、ダボイのクソシーフが」
「せめてオズと言ってくれ」
 結局お金は受け取って貰えず、俺たちは連れだって店を出て、その場で立ち止まる。
 居住区はここから方向が分かれるからだ。
 俺はアルザビ方面、レヴィオは白門居住区画の一番奥に。俺はアルザビ方向から迂回した方が近くて、レヴィオはこのまま白門の居住区入り口の方が近いはずだ。
「ごちそうさま」
 礼を言うと、おう、と短い返事。
「じゃあ、またな」
 先に別れの言葉を言われて、頷いた。
 またな、か。
 カデンツァが選んだ別れの言葉はさよなら、だった。この男は、二度目がなかったとしても、きっとまたな、と言うだろう。
「カデンツァ、を、よろしく」
 別れ際、そう言えた。
 それは俺の精一杯の、強がり。


 

 

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