Dinner-Zeller-/Onslaught

 



 どれだけ待ったかなんて時間の感覚はなかったが、意外と早く男は戻ってきた。
「待たせたな、行こうか」
 この赤毛は何かの癖なのか、まるで俺をエスコートするかのように促した。野郎相手によくまあそんな事出来るものだと感心する。意識して行う俺と違い、自然と身についたものなのだろう。誰に対してでも分け隔てなく優しい、確かリンクシェルの誰かもそう言っていた。
「何処に行くつもりだ」
「お前の予定していた所でもいいけど、希望のところがあればそこでいいぞ」
「いや、別に奢って貰わなくてもいいんだが」
 こういうときは、素直に奢られておけばいいのだけれど、なんとなく俺のちっぽけな自尊心がそれを拒んだ。器の違いを見せつけられている気がして、酷く惨めな気分になっているのも事実だったりするわけだ。
「いいんだよ、生きてなきゃ金使うこともできねぇだろ」
 生を実感させろって、な、と軽く言った赤毛は、あの時の思い詰めたような表情など微塵もなかった。
「それに奢らせて貰えなけりゃ、お前見付けるたびに飯に誘うけどいいのか」
「いや、それは、困る」
 こんな男と二人で何を話せばいいのかわからない、なんて思っていた俺の心配は杞憂に終わった。流れに飲まれているとわかっているのに、その流れを俺が変えることは出来そうにない。とにかく少しでも自分のペースを取り戻したくて、行きつけの茶屋ではなく、それなりの店を提案してみた。
 行ったことのない店の場所をうろ覚えで案内しつつ、赤毛を見上げる。
「カデンツァを置いてきてよかったのか?」
「寝ているのを起こすのもなんだろ。メッセージは置いてきたし、帰りになにか好きそうなもの包んで貰うから大丈夫」
 好きそうなもの、に引っかかった。
 カデンツァの一般的な”食事”が偏っているという話は聞いたことはなかった。というか、あまり一緒に食事を取らなかった事もあって、カデンツァの食生活がどんなものなのか知らなかったともいう。片手で数える程度の一緒にとった食事で、食が細いということだけはわかったが、好みなどはついぞ知る機会がなかった。
 この男は、カデンツァの好きなものを知っているというのか。
 俺も、知らない、それを。
「好き嫌い、多いのか?」
「いや」
 あっさりと否定で返され、それ以上聞くことが出来なくなってしまう。
 好きな食べ物、思い当たるものすらなくて、俺は今もの凄い惨めだ。
「あんまり好きなものとか、偏ったもんばっかり喰わすなよ。あと外食ばっかりとかも、よくない、と、思う」
 自分はどうなんだ、という、まさに自分の事を棚に上げて苦言を呈する。
 もし、俺とカデンツァがうまくいって、お互いの部屋を行き来するような関係になったとしても、俺は食事に関してはどのつくほどの素人、結局は外食に頼る事になっただろう。作ろうと思えば多分作れるのだろうが、他人が喜ぶような食事を作ってあげることは出来ないのは明らかだ。
 多分、言わなくてもわかっているとは思うが、冒険者用簡易合成、所謂クリスタル合成も全く出来ないのも付け加えておく。
「あー、お前さ。何か勘違いしてるだろうけど、ずっと一緒にいるわけじゃあないから」
 ずっと。
 つくづく俺は言葉の端を拾い上げては無駄に引っかかるのだと思う。
「俺もそんな料理出来るわけじゃねぇしなぁ」
「お前は何でもそつなくこなすと思ってた」
 つい、本音が零れる。
 なんでも、出来ると思っていた。本当に。俺の出来ないことを、さらりとやってのける、そんな男だと思っていた。
 いい人、頼りになる人。作って演じて、どれが本当の自分かなんてわからなくなりかけた俺と対極に位置する男だと。少しだけ、そんな魔人のような男の人間味を垣間見た気がして、悪くない気分になる。
「俺ぁそこまで出来た人間じゃねぇよ」
 苦笑いを含んだ男の言葉は小さく、選んだ店から聞こえる喧噪にかき消されそうだった。柔らかな灯りがこぼれる店を指さして、ここがそうだと言うと、赤毛は本当に自然に、扉を開けると俺に入るように促した。
 店は思ったより混んでいて、唯一あいていた壁際の小さな二人がけのテーブルに落ち着いた。
 すぐに店員に酒と思われる飲み物を伝えた赤毛は、事後報告とばかりに、飲むだろう、と俺に言った。


 

 

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