Dinner-Zeller-/Onslaught

 



 今起こった信じられない事を話す。
 俺が少し遅めの飯を食いに行こうと居住区から出て数歩、目の前から何かを抱えて歩いてくる赤毛の男とすれ違った。お互い当たり前だが言葉はない。すれ違う瞬間は視線を石畳に移し、俺はこれ見よがしに羽帽子を目深にかぶりなおす。赤毛は真っ直ぐ居住区を見据えたまま、大きな荷物のようなものを抱えていたように思う。
 所謂、知らんぷり、というやつだ。
 当然だろう。挨拶する間柄でもない。

 だが、そう思っていたのは俺だけだったらしい。

 赤毛のトサカ頭はすれ違った瞬間もの凄い勢いで振り返り、荷物を抱えていない方の手で俺の腕を掴んだ。
「おい、待て」
 それが人を呼び止める態度なのかと問い詰めたかったが、努めて平静に何か用か、と返す。俺にはお前に用事はないんだ。ただでさえ予定が押して遅い夕飯になったのだから、正直なところ早く食べ物にありつきたかったのもある。
「いや、悪い、用事つか、俺お前に礼言ってねえ」
 それが礼を言う態度かと。
 と、思う前に俺の視線は赤毛が抱えている荷物の方に釘付けになった。
 赤毛が抱えているのはカデンツァだ。
「ちょっと待て、何かあったのか」
 そう顔色は悪くないように見えるが、気を失っているのか起きる様子はない。
「いや、疲れて寝てしまっただけだ」
「カデンツァが?」
 あのカデンツァが。
 どういう状況だったかまで知るよしもないが、他人の前で無防備に眠るようなことはなかった。どちらかと言えばいつも警戒心剥き出しだったという印象が強い。そんなカデンツァが無防備に眠ってしまうほど疲れてしまったのか、それともこの赤毛が隣で眠れるほど信頼に足る相手だと言うことなのか。
 後者の考えを無理矢理否定して首を横に振る。
「あんた、今から飯か?」
「あ?あぁ。ちょっと遅いが、」
 今から飯にしようと、と言いかけて赤毛がふいに笑った。
「そうか、じゃあ丁度いい。ちょっとここで待っててくれ」
 何を言い出すんだ。
「あんときの礼をしたい。ありがとう、助かった」
 いや、ちょっと待ってくれ。礼と俺がここでお前を待つこととなんの繋がりがあるのか理解出来ない。
 正直相当アホっぽい顔をしていたのだろう、赤毛が大丈夫か、と俺の顔を覗き込んだ。驚くほど深い、海色の瞳が真剣に俺の目を見るから、何故か目が離せなかった。
「いや、あんときは俺が出来る事やっただけだから」
 やっと視線をそらすことが出来たが、俺の返答はしどろもどろで。
「じゃあカデンツァ置いてくるから、待っててくれ。飯奢るわ」
 終始相手のペースに飲まれた気がする。
 結局断ることも出来ず、俺は居住区の出口であり得ない人物を待つハメになった。
 居住区の奥へと消えていく赤毛の背中を見送って、カデンツァの部屋はそっちではない、と思って二度へこんだ。カデンツァは、あの男の部屋で眠るのだと、現実を見た気がしたのだ。
 赤毛の部屋も俺の部屋と同じでベッドはひとつだろう。
 やるせない、違うな、どちらかというと切ない、そんな折角忘れようとしていた感情が込み上げて押し寄せる。今まで考えないようにしてきた一緒に居る、ということ。
 俺はまだ、諦めることも、気持ちに終止符を打つことも出来ていないのだと思い知った。



 

 

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