Mirror, Mirror/Catastrophe

 




 ゴルディヴァルは本当にシーツを引っ張り出してきてソファに寝っ転がってしまった。
「ぼく、ソファでいいよ」
「怪我人はベッド使ってろよ」
 別にいいのに。備え付けのソファやわらかいし、気持ちいいの知ってるし。
 それなのに頑なにソファを譲らない。いやまあソファよりベッドの方がそりゃ気持ちがいいんだけどさ。家主をベッドから追い出してソファで一晩過ごさせるってのもどうかと思って。
「いいから寝ておけ」
 ため息混じりでそう言われてこれ以上言うと怒られそうな雰囲気を感じ、観念して肩までシーツを引き上げて目を閉じる。
 こうやってじっとすると案の定、傷口が熱を持っているのが分かった。
 頭痛はともかく、肩が痛む。
 寝返りも打てないし、下手に動かす事も出来ない。傷の奥がじんじんと痛むのも相まって眠りに落ちることが出来ないでいた。ああいうことがあって一種の興奮状態にあるのか、疲れているのに目が冴える。
 もぞもぞとベッドの中で落ち着かず動いていたらソファから声が掛かった。
「眠れないのか」
 寝たふりで誤魔化したくて黙っていたのに、ソファの方で起き上がる布ずれの音がした。人が立ち上がる気配と近づいてくる足音。そしてため息と頭を優しく撫でる手。シーツを握って身体を丸めた。
「痛むのか」
「うん」
 手が頭から頬、耳、項と滑っていく。
 少しだけ間をあけて抱きしめられた。
「熱、あるな」
 やっぱり。
 怪我するといつもこうだ。
 盾とか、向いてないのかな。
「解熱剤か、痛み止めか。なんかあるかみてくる」
「いい、いいって!だいじょうぶだから!」
 一人でしんみりとしていたらゴルディヴァルが上着をたぐり寄せていた。こんな夜中に出かけてもジュノならともかくサンドリアじゃそんな薬とか手に入らないよ。離れていきそうになる彼の身体を引き止めるように掴んだ。
「ほんと、よくあることだから」
「だからって、我慢するこたないだろ」
 傷口を避けるようにして大きな手が身体中を撫でていく。
 項に唇を落とされてまた強く抱きしめられた。何度も何度も唇は押し当てられては離されて、ちゅ、ちゅ、と口付けられる音が耳に届く。
 色んな場所に熱のせいだけじゃない熱が溜まっていく。
 怪我したときいつもどうしてたっけ。ケアル貰ってたっけ。
 パーティで野営してるときなら間違いなくケアル貰ってた。一人のときは、てか大体一人なんだけどどうしてたかな。多分酷い怪我でなければ、我慢してたら明け方には熱も引いて問題なかったような気がする。酷い怪我ならすぐに帰るし。
 でも、正直今みたいに痛みに気付かない怪我が一番怖い。
 傷を受けたとき一時的なハイ状態にあって、気がつかないうちに大量の血を失ってる、なんて洒落にならない。彼が来てくれなかったらそうなるところだった。
「来てくれて、ありがとう」
 ちゃんとお礼を言ってなかったことに気がついて、ゴルディヴァルにそう言った。
 本当に助かったんだ。
 目を閉じて、頭を彼の胸に預けた。
 唇がやけに長く首筋にあって不意に強く吸われる。
「なぁ」
 痛みに顔を顰め、抗議しようと口を開きかけたところでゴルディヴァルが耳元で囁いた。
「今度は謝らねぇから」
 目を開けて見上げる。
 熱っぽいのか、目を開けたのにじわっと瞳の表面に膜が張るような感覚。
 ゴルディヴァルの表情が見えない。
「な、に」
 開きかけた口を彼の唇で塞がれた。
 かたい唇に驚いてる場合じゃない。顔が近いってレベルじゃない。
 唇を啄まれるように何度も吸い付かれ、舐められた。背中にまわされた手が自分の身体を支えて、肩がベッドにつかないように気を遣ってくれてる。
 てか、気遣うところって、そこなの?


 

 

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