Mirror, Mirror/Catastrophe

 




 サンドリアについても、ゴルディヴァルの姿は見えなかった。
 泣いてしまったせいで腫れぼったい目をボイジャーサリットで隠して、まずは荷物を自宅に置きに行く。
 ルトの依頼、どうしようか。
 でも、導きの鏡があればきっと分かるだろうし、自分がどうこうしなくても彼がルトを導くだろう。
 する事もなくなって、心許なくなった財布の中身を確認し、港のレストランに食事に行く事にする。そういえば金策をしようとしてまだしていなかった。
 ギルド納品して、触媒補充がてら原木削るか。
 正直、NMで一攫千金より薄利多売の地味な金策の方が自分の性に合ってると思う。金になるモンスターの取り合いは体力だけでなく気持ちまで削り取っていく。そんな環境で、何時間も、酷いときは何日も同じ顔眺めていることなんて出来ない。人それぞれ、自分にあったことをすればいいだけなんだ。
 そう無理に納得させていつも利用する港のレストランで片手間に食事を取りつつ必要な素材を書き出す。
 食べ終わったら競売に直行してアレコレ落札して。
 こういう事を考えているときは、余計な事を考えないから好きだ。
 書き出した羊皮紙を握り締めて、食事が終わるとすぐに競売へ向かう。こういうとき、働いている人には申し訳ないけれど港の倉庫を突っ切った方が競売まで近い。
 倉庫のわきを通り過ぎようとしたところで、突然コンテナの影から飛び出してきた荷物を運び出していた人とぶつかった。
 握り締めていた羊皮紙が手のひらをすり抜けて、彼の足下へと落ちる。
「す、みません」
 慌てて謝るも、彼は荷物を置いてため息をつくと羊皮紙を拾い上げて差し出した。
「失ったもの、ってのは戻ってこないものだよなぁ。まったくついてないぜ」
 羊皮紙に手を掛けて、そのまま受け取っていいものか躊躇う。
「はぁ」
 なくすなよ、と半ば強引に羊皮紙のメモを手のひらに握らされ、彼はそのまま自分の手も握る。
 いや、てか、離して。
「ブツを、さ。ジュノへ運んでる途中で奪われちまったんだよ」
 握られている手を振り払ってもよかったけれど、このまま彼の話に付き合う方がいいと判断してじっと握られた手が離されるのを待つ。
「ここだけの話だが、近東から運ばれてきたブツでさ。よくない噂だらけだったんだが、欲に目が眩んでつい手を出しちまったんだよなぁ」
 男は深いため息をつくと、さらに自分の手を強く握り締めてきた。
 さすがに離して欲しくて一歩後退ると、天の助けか後ろから声が掛けられた。
「そのブツってのはこの鏡に似てないかい?」
 肩を引き寄せられ、男の手が自然に離される。自分の肩口から男に向かって鏡が向けられていた。
「びっくりしたぜ、おまえさんはそれを持っていてもなんともないのかい?」
「もちろん」
 ゴルディヴァル、彼はそういって頷くと、どうしてそんなことを聞くのかと逆に聞いた。
 男が言うには、その近東からのブツには怒りで我を忘れさせる力があるとかで、そのブツはジュノに運ぶ途中でオークに襲われてしまったそうだ。
「おかげで、この仕事はおじゃんさ」
 お手上げだ、とでも言うように空を仰いでから、男はがっくりと項垂れた。
「滅多なものには近づかないほうがいいってことなんだろうなぁ」
 男に気をつけろよ、と忠告を貰って自分たちは倉庫を出た。
 競売側に出た所で、ゴルディヴァルが掴んでいた肩をようやく離してくれる。俯いたまま、何を言えばいいのか分からなくて、黙っていたら、もう一度肩を引き寄せられて背中をちょうどゴルディヴァルの胸に預けるようにして抱きとめられた。
「悪かったよ。だから、ちょっと話をしよう」
「やだ、ぼくには話すことなんかない」
 肩を掴む手を握ると、今度は両腕で抱きしめられてこめかみに唇が降ってきた。
「分かったよ、とにかくルトの依頼だけはやっちまおう」
 勝手にやればいい。
 だって自分がいなくても、その導きの鏡で全部分かっちゃうんだろ。
 自分なんて必要ないじゃない。
「鏡は万能じゃない、手を貸してくれ」
 心の中を読まれたのかと思う程、じわりと身体に拡がるその言葉。
 なんていうか、必要とされるのに、弱い。
 ほんとは凄く寂しいから。
 いくつかリンクパールも貰ったけど、何処も自分の居場所はなかった。そう思い込んでいただけかもしれないけれど、シェル内の派閥や力関係が見えれば見えるほど、居づらくて自然と離れた。所謂裏テルとか、そういうのは自分にとって酷く重たくて苦手で。
 必要とされていたい、ってのも、十分バカだと思うけど。
 時代が勘違いさせてくれていただけ。
 自分が忍者じゃなかったら、きっと誰も相手にしてくれなかった。
 そんなことなかったのに、そう思ってしまう自分が寂しかっただけ。


 

 

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