Mirror, Mirror/Catastrophe

 



「急ぐぞ」
 動かない自分を急かすようにして腕を取られる。
 7分だとギリギリか、間に合わないか。病み上がりみたいにうまく動かない身体がもどかしくて持っていた荷物を抱えなおした。すぐに荷物に気付いたゴルディヴァルが自分の持っていた荷物をまるでひったくるかのように掴んで走り出す。
 掴まれていた腕が、自然と手を繋ぐように握られて、そこから目をそらした。
 また、逢うなんて思ってなかったから。
 どんな顔をしていいか分からないんだ。
 上層から一気に転がるように階段を駆け下りる。
「気をつけろ」
「じゃあ、手、はなして」
「ダメだ」
 ガイドストーンを横切ってサンドリア行きの飛空艇乗り場に駆け込んだ。
 彼は急いで二枚分のチケットを買うと、そのまま発着場へと走った。既に飛空艇は着水していて、アナウンスではあと数分で離水することを告げている。
「急げ」
 別に次の飛空艇でも、と思ったけれどこれを逃せば4時間待ち。そうなれば少し面倒だけどテレポで飛んでチョコボの方がサンドリア到着は早い。そんな急がなくてもいいじゃないか、と思うものの、待つにしてもどちらにせよ間が持ちそうにないのも事実だ。
 ギリギリで飛空艇に飛び乗って、直後離水のアナウンスが流れた。
 思わず安堵の声を漏らす。
 いくらなんでもお尻の違和感がぬぐえないまま走るのはつらすぎた。誰にも言えないけど、こんな理由。
 タラップに蹲るわけにもいかず、よろよろと客室に入ると遅れてゴルディヴァルがついてきた。隅っこに座り込むと、持っていた荷物を隣に置いてくれる。
「あ、ごめん」
「いや」
 呼吸を整えて頭を抱える。
 どうしてこうなった。
「大丈夫か」
 伸ばされた手が少しだけ怖くて、身構えた。
「あ、うん」
「今じゃなくて、身体」
 なんて答えていいか分からなくて、黙ってたら勘違いさせてしまったのか、悪かったなと謝られてしまった。
 こっちこそごめん。ただ成り行きで一度セックスしただけで、元々の原因は自分にあるのに。
「初めてとか、思わなかった」
「はぁ?」
「いやその、セックス」
 顔から火が出る、ってこういう事だと思った。
 血が上ったのか、恥ずかしかったのか、多分どっちもだ。
 そりゃさ、童顔ですよ。元々年齢より若く見られることが多いヒュームだし、かつ童顔だからさらに若く見られたりするけどさ。この年齢の男捕まえて、初めて、はないだろ。童貞は数年前に故郷の、
「オレの言ってるのは、男同士、ね」
 あぁ、そっちか。
 それは普通に初めてのやつ多いでしょ。
 正直、住む世界が違うと思ったけど。それともエルヴァーンってこんなものなんだろうか。
 悩むことでもないけれど、やっぱり男同士のセックスはそれなりにショックだった。自己嫌悪かもしれない。それでもちゃんと自分で選んで、自分で最後まで逃げずに頑張ったと思うんだ。自分勝手な話だけど無理だとか、もう出来ないって言いたくなかったし。
 それによくある間違いというか、そういうやっちゃいました、ってときもあるだろうし、たまたまそれが男同士という特殊な状況だっただけで、冒険者にありがちな話じゃん。自分が突っ込まれる側だなんて想像もしなかったけど。友人と二人でアイテム取りに長時間ソ・ジヤに籠もってたら、気がつけば友人押し倒してた、って良く聞く状況じゃないか。
 良くあることなんだ。
 男相手に300万ギルの代わりに身体要求するってのは初めて聞くけど。
 女の子相手ならともかく普通なら300万ギルにするよね。払うって言ってるんだし、途中でだけど、その時点で引っ込みつかなかったのかもしれないし。そういうこともあるよね。

「ごめんな」

 そんなこと考えてたら謝られて、頭撫でられて、かっとなった。
「謝るならやんなよ!」
 一生懸命理由付けて良くあることだって思い込んでるのになんなんだよ。
 ”初めて”に価値があるとか思わないけど初めてじゃなかったらよかったのかよ。
「あっち行って、顔みたくない」
 頭を撫でていた手を振り払って膝の間に顔を埋めた。
 何故かじわっと溢れてきた涙が床に染みを作る。
 それを見られたのか、ごめん、そう頭上で聞こえて、彼が客室を出て行ったのが分かった。
 もう、わけわかんない。

 

 

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