笑われ、体を切り刻まれ、ひたすら犯される皇子を見ながら考えた。
この混沌とした状況で、自分一人この場を離れることは容易かった。それからどこへ行くか、無事逃げ切れるかはともかくだ。こみあげてくるのは気持ち悪さか怒りか、得体のしれない感情がどす黒く渦巻く。
ひとり、逃げるのはやめだ。
狂乱の宴を尻目に短い移動を繰り返し、周囲をゆっくりと取り囲むように罠を仕掛ける。皇子の掠れた声も聞こえなくなった頃、種は撒き終えた。
持てる力全てを使って、地獄の業火で焼き尽くしてやろう。
すべてを。
ここであったすべてのことを。跡形もなく。
裏切りなど知りたくもなかった。同朋の裏切りなど見たくもなかった。国の裏側など、興味もなかった。
ただ傭兵として、自分の国を失ったもの同士、同じ目的のために戦ってきた。恨みや憎しみは少なからずあったけれど、裏切ったその先に何があるというのか。
最初に自国を焼け野原にしたのはマムージャやトロルではなかったか。自国を衰退に導いたのは己が国の指導者であって、我々が矛先を向ける相手は皇国ではない。ましてや、その若き皇子でもないだろう。
炎は全てを消し去ってくれる。
燻されたわだかまりも、全部。
皇子が望めば、その痕跡も、体ごと、心もすべて焼き尽くしてあげよう。
周囲に炎が上がる。
高熱の炎は、あっという間にその場にいた人間を巻き込んだ。
炎を吸い込み、体の内側から焼かれて、地に伏す兵士たち。迫る炎から逃げることもかなわず生きながらにして焼かれる。先ほどの虐殺では上がらなかった悲鳴が闇に響く。
人が焼ける、何度嗅いでも嫌な臭いが鼻に届くがガダラルは魔力の放出をやめなかった。皇子を中心に円を描くように出現した炎の檻。炎の渦の中、焼かれゆく兵士が恐怖に見開いた目でガダラルを見ていた。
空が白み、夜明けとともに炎の勢いは徐々に鎮まっていく。
魔力はとうの昔に枯渇していたが、ばら撒いた火種のお陰でほぼ目的は達していた。炭化した残骸だけ見れば、どれがマムージャでどれが人だったかなど判別すらつかない。むしろ、人だったかどうかすら、誰も、ガダラルでも分からない。
ゆっくりとした足取りで、僅かに熱の残った炭の上を歩く。
焼かなかった中心部分から、ゴミを避け、掘り出すように皇子を引きずり出す。
力なく垂れ下がった腕、血は乾き、皇子の体は微動だにしない。切り裂かれた傷口は、腕から下肢まで斜めに続いていた。
ガダラルは皇子を背負うと、皇都への道を歩き始めた。
その時感じた微かな花の香りは、血肉が焦げた臭いにかき消されてすぐに分からなくなった。
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