部屋を出ていくルガジーンを背中で見送って、ガダラルは詰めていた息を吐いた。
微かに部屋に残る花の香りが、まるでここが自室ではないような感覚を呼び起こす。
この花の香りはルガジーンの香り。
否、ルガジーンが敬愛する、あの忌々しい聖后ナシュメラの香りと同じだ。
単純な嫉妬か、それともめぐり廻った間接的な恨みか、忌々しい、そう思わず口に出た。
ルガジーンとの関係は、ガダラルが五蛇将の地位を与えられた時からだ。
五蛇将になったから体を求められたのか、体を差し出したから五蛇将になったのか、いまだに分からない。
東部戦線の最前線で、あの日、敵も味方も無差別に焼きつくし、刈りつくした自分を、なぜ五蛇将に抜擢したのか。″羅刹″と畏れられ、味方殺しの罪で投獄された男を無罪放免にし、あまつさえ地位を与え、なぜ再び戦場に駆り|出したのか。
ルガジーンの真意が見えない。
目を閉じて、シーツを引き上げる。
あの日のことは、今も鮮明に覚えている。
直接的な関係者は、一人を除いて敵も味方もあの日あの場所で炎の海に沈んだ。
ガダラルが口を噤めば、状況的な証拠はあるものの事実を知るものは他にいない。
あの日、すべての真実をガダラルは焼いた。
───東部戦線。
四年前、領地拡大路線を何十年も続けてきたアトルガン皇国は、長年小康状態にあったマムージャ蕃国と突然大規模な戦争を始めた。不意を突かれたマムージャ蕃国は徐々に後退し、皇国軍の勝利が確実視されるようになってきた頃、静かに機を窺っていたトロルの軍勢にアルザビが背後から襲われた。
東西戦線に戦力の大半をつぎ込み、手薄になっていたアルザビは、押し寄せたトロールの大群によって一気に窮地に追い込まれた。皇宮を砦になんとか追い返したものの、アルザビは甚大な損害を受け、都としての機能の大半を失った。
この失策を切っ掛けに劣勢だったマムージャたちが奮起し、皇国軍は次第に押し戻されていった。慌てた皇国は地方に散らばった軍隊をアルザビに集結させ、次に来るであろう戦に備えて皇都の防衛にあたらせるよう伝令を飛ばしたが、度重なる戦闘と長く続いた戦争で戦線の維持もままならず、疲弊した皇国軍は各方面で孤立することになった。
当然、誰もが予想する通り、今度は孤立した部隊にマムージャが仕掛けてきた。
ガダラルが派遣されていた東部戦線は、マムージャに前後を挟まれた形で孤立していた。毎日繰り返される小規模なゲリラ戦で部隊は精神的にも肉体的にも疲弊してしいた。
物資も底を突き、飢えと怪我で一人、二人と脱落してしくなか、全滅の文字が全員の脳内にちらつき始めていた。
援軍は来ない。
なぜならこの東部戦線を維持してきた軍が、正規軍ではなく傭兵部隊であったからだ。
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