「え、まじで」
驚きの中に、微かな喜びが見える。
「アニスにも出来ないことあんだなー」
「そんときは興味なくてな、今更というか」
ふて腐れたように視線を逸らすと、ヴァンが覗き込むように顔を近づけてきた。闇の宝珠のような瞳が、じっと俺を見つめる。それだけで吸い込まれそうになる。顔の近さに心臓が跳ねた。
絶対俺は病気だ。
「教えてやろっか?」
そう言って、ヴァンが笑った。
黒魔道士が鎌を背負うようになったのはいつからだったか。
重たい獲物は自分の性にあわなかったし、何よりも黒魔道士の武器は瞬間的に発せられる精霊魔法だ。鎌で殴り合いなんてどう考えても分の悪い行為をする気にもならなかったのだ。
どこかの将軍じゃあるまいし。
だが、これとそれは話が別だ!
俺は二つ返事でヴァンに頷くと、二人で東ロンフォールへと出たのだった。
「左手は引いた方がいいよ」
「こう、か?」
「うわアニスすげー不器用」
「うるせぇ」
振ったこともない武器をとにかく出鱈目に振るう。
その度にヴァンが、肩の力を少し抜いて、だとか、右手に少し力入れて、と的確に教えてくれる。だが俺の身体はさっぱりそれについて行けず、狙った場所に当たらず何度も空気を切る鎌に、ミミズもあきれ顔のように見えた。
「あたらねぇー」
「ちょこっといい?」
目の前にいたヴァンが隣に来ると、横からそっと手を添えられた。
「持ち方は杖だと思えばいいよ」
不謹慎にも、手袋をしていないその手の感触に心臓が高鳴った。
ヴァンは教えてくれると言うのに、俺はぴたりと寄り添う彼の身体が気になってそれどころではない。
「アニス聞いてる?」
「たぶん」
生返事。
「情けないんだけどさー、俺こっからアニスのそっちに手届かないんだよね」
ちょっとだけ頬を膨らませてヴァンはアニスの腰に抱きついた。
「ほら、ねー」
変な声が喉から零れそうになった。
アスカルの薄い装甲が、エラントの布一枚が、ヴァンのぬくもりをダイレクトに伝えてくる。
「女の子なら後ろからすっぽりと、こうして、ね、聞いてる?」
「聞いてる」
聞いてるけど、俺は今とてもとても危険なのだ。
「腰、もっと落とせよ、へっぴり腰め!」
だからやめ…
喉まで出かかった言葉は、ヴァンが俺の背中に乗り上げたことで変な悲鳴になって零れた。
「うへ」
肩に回された細い腕。
耳元で笑うヴァンの吐息。
「鎧着たままのりあげんな」
「ゴメンゴメン」
抗議の言葉を述べると、すぐにヴァンは笑いながら背中から降りてしまった。
いいんです、もうそのままいてください。俺だって鎌なんかよりお前の尻持ちたい。
「うまくいかんもんだな」
誤魔化して、下腹部に集中する血流を散らそうと座り込むと、ヴァンが俺の鎌を拾った。
「よく、見てて」
ヴァンが鎌を構えた。
そして自分の背丈ほどある鎌で、目の前にいたミミズを一刀のもとに、鎌でも一刀って言うのか知らないが、刈り取った。それは酷くゆっくりとした動作だったが、無駄がなく、とにかく美しかった。
多分俺の目には色んなフィルタが掛かってる気もする。いやでも綺麗だ。
「すげえ」
「出来るよ」
ヴァンが鎌を手渡してくる。
立ち上がって、見よう見まねで構えてみた。やっぱり目の前にはミミズ。
さっき俺を笑ったような気がしたミミズだ。絶対当ててやる。
「お、そうそうそんな感じ」
そして何度も先ほどのヴァンの動きを脳内で再生し、それをトレースするかのように、振り上げた鎌。
見事に鎌の切っ先は、ミミズの手前の空を切った。
ヴァンが吹き出す。
ミミズは少しだけ困ったように身体を左右に振っていた。
誓って、俺はキレやすいワケではない。
むしろ温厚だと思う。陰険なのは自覚済みだが。
「ふぁいがー」
ちょっと悔しかっただけだ。それだけだ。
「ちょ、アニス」
一瞬にして周囲を包んだ業火は、ミミズをあっさりと焼き殺す。
「笑ってゴメン、まじごめん」
「俺、こんなに武器に向いてないと思わなかった」
さめざめと泣いてみせるとヴァンが頭を撫でてくれた。
これはこれで美味しい。
「最初はみんなそんなもんだよ」
「お前は何でも使えるんだっけ」
「おう、俺は戦士様だからなー」
少しだけ得意げにふふん、と鼻を鳴らすヴァン。
戦士は時代にあわせてその都度色々な武器を求められてきた。あらゆる武器を使いこなしてきた彼の実力は一長一短のものではない。だからたった数時間で、持ったこともない鎌を上手く扱えるようになるはずがないのだ。
「ちゃんと付き合うからさ、もうちょっとガンバろ」
そう言って差し伸べてくれた手を、俺はしっかりと握り返す。
結局、この偉大なる大黒魔道士アニス様が、東ロンフォールのミミズ一匹を倒せるようになるまでにかかった時間は3時間と27分だった。
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