「…ぁにす?」
用を足そうと体を起こすと、起こしてしまったのか隣で休んでいた恋人もまた目を覚ました。
寝ぼけた様子で名前を呼ぶところからして覚醒には至っていないらしい。まだ交代の時間ではないことと、用を足してくることを軽く伝えると、目を擦りながら俺も行く、と言って体を起こした。
ここは龍のねぐら。
珍しく時期を外したのかいまだ真龍が戻ってくる気配はない。張り込みも長期に亘れば当然疲労も溜まる。長期張り込みを想定してこまめに休息をとるうちはともかく、いまかいまかと心躍らせて待ち続ける他の連中が些細な諍いで揉めているのを見ると若いな、と思わざるを得ない。
張り込み当番の赤エルがジタ側に抜けようとするのを見咎めて声をかけてきた。
「何処行くんスか、ボス」
しょんべん、と答えると後ろからふわふわとしたヴァンが俺に続く。
「連れしょんー」
ジタに向かって二人並んで用を足す姿は笑いを誘うこと請け合いだ。想像したのか後ろで赤エルが腹を抱えて笑っていた。あいつは色んな意味で一度しめた方がいい。
「足元気をつけろよ」
「アニスこそ蜘蛛にシックル喰らうなよ」
「俺が不能になったらお前が困るだろ」
急に押し黙ったヴァンを振り返れば、もの凄い勢いで可哀相なものを見る目で見つめられた。先日俺の上でもう一回、もう一回とひたすら自分から腰を振り続けたやつの所業ではない。
「困らないのか」
「いや、困るけどさ」
そう聞き直せば小さく素直な回答が返ってきて思いのほか満足した。
木々が絡みついて年月がたてば、その根は堅く岩のようになる。びっしりと表面に苔が張り付いて、最早洞窟とでも表現した方がいい通路を抜けると、眼前に広がるのは聖地ジタ。とはいえ、切り立った、というほどでもないがここはメリファトから続く場所とは隔絶された場所。人の気配などあるはずもなく、禁忌とされてきた深く美しい森がただそこにある。
思いきり目の前で深呼吸をしたヴァンが振り返り、不敵な笑みを浮かべて親指を立てた。
「やらないか」
思わず漏れそうになった。
またテンゼンか、と叫びそうになった俺にヴァンは不服そうな顔つきで眉間に皺を寄せた。てかそれいつのネタだよ、あのクソござるホント余計なことしか言わないな。そもそもあの後自分の国に帰るって言うからこっちは盛大に見送ったんだろうが。なんでまだいるんだ。むしろなんでヴァンと連絡取ってんだ。あの野郎、いつかぶちのめす。
ふつふつと沸きあがる怒りの矛先を向ける相手が居なくて一人で消化せざるを得ない状況に悶々としていると、ヴァンが不機嫌そうに俺のローブの裾をめくり上げた。
「いいじゃんやろうよ、ねー」
「おい、ヴァン」
そのまま俺の前に跪いて、ヴァンは慣れた手つきで俺のものを取り出すと軽く上下に扱いた後躊躇いもなく咥えた。
「ファブきたらどうすんだ」
むしろファブよりうちのメンバとか、他リンクシェルの連中が用を足しに来たらどうするのかと。そっちの方が後々恐ろしい事になるだろ。また俺の伝説に一頁追加されると思うとある意味切ない。
「おい」
そういうのに口の中一杯に頬張ったままヴァンは、三秒でいって、と無茶を言う。
お前がやりたいのに俺が三秒でいっていいのか、という問題はあえて口には出さなかったが、張り込みも丁度そろそろ四日がたとうとしている。妙齢の俺たちならいざ知らず、若いヴァンにとっては結構な禁欲生活だ。
「分かった、分かったから。後ろ向いて、そこに手ついて尻こっち向けろ」
観念してそう指示するとヴァンは目を輝かせて立ち上がった。
「ね、アニス」
岩肌に手をつけたまま顔だけを後ろへと向けてヴァンは少しだけ不安そうに目を伏せる。
分かってる、と顔を寄せて首筋に噛み付くとヴァンは小さく呻いた。岩肌につけたヴァンの手に重ねるようにして俺の手を置く。軽く握り締めてやると安心したように顔を戻した。
殆ど体を密着させたまま佩楯を下ろしてヴァンが準備していた軟膏を塗りこめる。軟膏は体温ですぐに溶け出し、俺の指を伝って地面に落ちた。時間がないからと急かされて、その小さな体を包むようにしてもぐりこむ。
ヴァンを後ろから抱く場合に気をつけなければならないことがある。
なるべく話しかけること、できるだけ密着すること、抱いているのが誰かはっきりとわからせるようにすること。
「足、ちょっとあげろよ。俺も余裕ねえからな。早くても文句言うな」
片足を持ち上げてやると、ヴァンの肩が震える。
「ちょ」
「だ、ぁ、我慢、できな」
そのまま岩壁に抱きつくようにしてヴァンが腰を動かす。そのたびにヴァンのペニスからは音を立てるように透明の液体が溢れこぼれていく。
今日だけは、早くても許される気がした。
もう何処を擦っても唇を震わせるヴァンが新鮮で、片足を持ち上げるようにして突き上げる。首筋に噛み付くように唇を押しつけて押し寄せる快楽の波に身を任せた。
結論から言うと、お互いあっという間だったのは言うまでもない。
ため息にも似た吐息を漏らすと、ヴァンもまた詰めていた息を吐き出した。ゆっくりと引き抜けばヴァンが小さく呻く。誰も来ないうちにもう一回、と腰を引き寄せたところで大きな影が遠くで動いた。続けて大きな翼音。
来た。
口には出さないがお互いそれで全てを理解した。
慌ただしく鎧の留め金をあわせ佩楯を引き上げるとヴァンは不適な笑みを浮かべて先に行く、と今来た通路を駆け足で戻っていく。若いと元気だな、とか、俺は中に出しちまったんだが、なんて思ってる余裕なんかあるわけなく俺もまた乱れた服をなおしペタソスを目深に被りなおした。
僅かに熱い頬が今から起こる戦闘の昂ぶりだと信じたい。
とりあえず釣りはあいつらに任せて当初の目的を達成する所から始めようと思う。用を足して煙草吸って、と思っていた計画がどこでどう間違えたのか。すっきりした事に変わりはないがなんだこの無意味な達成感は。まだ戦ってもねぇ。
苦笑いしながら目的を終え、ゆっくりと通路を戻っていくと待ち構えていたクェスに睨まれた。
「羽音は聞こえただろう?」
「年取ると残尿がだな」
「馬鹿な言い訳はいいからあれなんとかしろ」
指をさされ視線を向ければそこにはうちのナイトに混じってヴァンが両手斧を振り回していた。
「初動はうちが一番早かった」
クェスはそう言うとボスの帰還だ、気合い入れ直せと叫ぶ。
瞬間、空気が変わった。
正直この一瞬がたまらなく好きだ。全員がひとつになる瞬間。
ちらほらと邪魔にならないよう遠巻きに待避していた連中が俺の姿を見付けて撤退していく。攻撃を一手に引き受けているナイトが俺の方に目配せしたのを敏感に感じ取り、ヴァンが両手斧をかまえたまま真龍の傍を離れた。
準備が出来たとばかりにナイトが声高らかに叫ぶ。
呼応するかのように愛用の杖を構えれば、一歩後方に待機していた黒魔道士が同じように思い思いの武器を構えた。
「はじめようか」
|