まさか本当にこんな日が訪れるなんて、俺は覚悟なんかこれっぽっちもしていなかった。
あり得ない。あり得ない事だ。
あってはならんこと、とも言う、と思う。
年の瀬。年末。まごう事なき12月31日の早朝。
突如俺を襲ったそれは、今なお俺の胃を攻撃し続けている。
現在地、ロランベリー上空。バストゥーク行きの飛空艇。
当然だが、俺の隣にはヴァンがいて、俺の気持ちも知らずに俺の肩で気持ちよさそうな寝息を立てていたりする。早朝、ヴァンの端末に連絡が来るまで、文字通り「朝までベッドで過ごした」のだから仕方がない。それについての詮索は無用だ。
それで、何が襲ってきたかというと、よくある「年末年始はうちに帰ってくるの?」ってやつだ。
それがなんの問題になっているか、ってのはだな。まずは話を聞いて欲しい。
冒険者になっても、実家近くに寄るときはなんだかんだで顔を出したりするのが普通だ。
想像付かないだろうが、こんな俺でもたまに実家には顔を出す。帰ったとき親父の「まだ生きていたのか」なんて言葉は、「よく生きて帰ってきた」と読み替えるのが親子のマナーってもんだ。
話がそれたが、俺はサンドリアといっても田舎の方だから、普通にサンドリアに寄るくらいの気持ちで実家に帰ることは出来ないけれど、ヴァンなんかはバストゥークに帰る、ということ自体が実家に帰ると言ってもいいようなものなのだ。
とはいうものの、今は一応冒険者であるからという理由で、ヴァンは普通にバストゥークに滞在するときもレンタルハウスを使う。ご両親にとってみれば、折角近くに来たのだから、と思うのは当然のことだろう。しかも今年は色々あって、殆ど実家に顔を出していない、となれば、こんな流れになるのも頷ける話だ。
だから、そこでヴァンのご両親から「今年は帰ってこれるの?」と連絡が入ることはおかしくない。
おかしいのは、ヴァンが「一人友達連れてっていいなら帰る」と返事をしたことだ。
寂しいけれど今年のカウントダウンは一緒に見ることは出来ないんだな、と、しょうがない俺も実家へ帰るか、なんて思ってた所に飛び出した台詞に俺の心臓が口から吐き出されるかと思った。
むしろ吐き出したね。
そこで俺は全力で止めるべきだったのだ。
端末越しに、「もちろんよ、連れてらっしゃい。待ってる」と、聞こえた母君と思われる声はどう聞いても、勘違いしているとしか思えない。
想像してくれたまえ。
24歳になる一人息子が、年末年始にだな。
いや、いい。もう過ぎたことだ。
端末切った後に「帰っちゃったらアニスと一緒にいれないし、いいよね」とか事後報告された挙げ句、僅かに潤んだ目で微笑まれたら、俺には頷くしか道は残されていないと思わないか。嗚呼、俺の馬鹿。
少しでも哀れんでいただければ幸いです。
俺は、どんな顔をしてヴァンのご両親に会えばいいのか、誰か助けて!!
普通友人、しかも男、連れていかねぇだろ!嗚呼なんか去年もこの時期にこんな感じの事なかったか?!
こういうときは人生と、色々諸々の大先輩カラナック大先生に相談するのがいいのだが、どう考えても笑われて終わりの気がしてテルを躊躇った。今は後悔している。
そんな感じのことが本日早朝に起こって、俺は慌ててお土産の菓子折とサンドリアの地酒準備して、しかもサンドリアの礼服なんかも収納の奥底から取り出したりなんかしちゃって、激しく疲れているわけだ。
しかも寝てないし。これは自業自得ともいうが。
あー、もうどうなんのよ。
ヴァンのご両親。ナックが言うにはバストゥーク政府関係者。しかもそれなりの地位。しがない大工の息子な俺には想像もつかない世界。
サンドリアのマナーとバストゥークのマナーって一緒なんですかね。俺実は根っからのサンドリアっ子なんです。バストゥークなんて田舎の新興国、サンドリアの技術力は世界一、とか思っていたんです。ごめんなさい。
俺大丈夫かな、てかヴァン佩楯はいてるけどいいのかそれで。
よく見たら靴、ユニコンじゃねえか。佩楯はまだいいがせめて靴くらいは履き替えろ。
冒険者を長くやってると、冒険者同士の気さくな人付き合いが多くて、忘れそうになる、一般的な事。いい機会だから、ヴァンにも言い聞かせよう。
あくびをひとつ。
外の景色は変わって、パシュハウに差し掛かる。
こんなことになるなんて思いもしなかった。
俺はきっと考えすぎなんだろう。ヴァンのご両親に対する後ろめたさが、俺を責め立てる。
共に歩んでいく道を選び、その中で身体の関係も持った。だが、ヴァンは一人息子で、ご両親は孫の顔を楽しみにしているだろう。ヴァンにはまだ未来がある。だけど、俺の我が儘がヴァンを手放さない。
俺は地面に頭を擦りつけてでも謝らなければならないのだ。
そういう人生もある、と思う反面、常識に囚われる。年齢を重ねただけ、臆病になる。
せめて昨日ちゃんと寝ていればよかったな、なんて思うがもうどうしようもない。空の旅は快適で、あの長い距離をたった2時間で移動してしまう。お昼頃にはもうバストゥークだ。
「んー、アニス寒い」
隣で脳天気にヴァンがそう言うから、鞄からエラント出して掛けてやる。エラントの下で、ヴァンの冷え切った指に俺の指を絡めると、今から来る不安など吹き飛んでしまうくらいしっかりと握りしめられた。
この手を、離したくなかった。
俺は、人の目がないのをいいことに寝ているヴァンの唇を塞いだ。
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