「きゃ」
場所をテルで教えていたら、突然シィルさんの悲鳴が聞こえた。
エラッタが思わず剣に手をかけていたので、慌ててそれをとめる。
どうやら従者のひとりがシィルさんを突き飛ばした様子だった。
「ちょっと、なにやってるの。やめなさいよ」
「違うわよ、あんた馬鹿。シィルが勝手に転んだのをあたしたちのせいにしないでもらえるかしら」
本当にこのタル腐ってる。
さっきからのやり取りで大体の事情が分かったあたし。
きっとこのタル、シィルさんがコサージュつけていたところを見ちゃったのだ。
それでコサージュ持ってなかったタルが、先を越されたとシィルさんに因縁つけたんだろう。
いや、なんていうかあたしも似たようなものなんだけど。
「なにやってんだ?」
角を曲がってきたヴァンが、なんだか一触即発のあたしたちを見て、怪訝な様子で声をかけてきた。
新手と思った向こうが、ヴァンを値踏みするようにじろじろと見始める。
「なんだ、なんなんだ?」
ジロジロ見られて気持ちが悪いのか、ヴァンもさすがにたじろいだ。
肩を竦めたシィルさんがヴァンに丁寧にお辞儀すると、ヴァンも軽く手を振り返す。
「なんか吼えてるって聞いたけど、どれ」
周囲を気にせずバッサリと発言するヴァンが好きだ。
こういう時この口の悪い男は頼りになる、かもしれないが、今は白魔だ。
「それ」
軽く視線でタルを示すと、ヴァンもタルを見下ろしてへぇ、って頷いた。
「んじゃ帰ろう、シィルさんも帰る?」
ヴァンはエラッタとあたしの横に来て、おもむろにシィルさんを振り返った。
「あ、私は大丈夫です。本当にすみません、また後で伺います」
「気にしなくても」
いいのよ、と言いかけたところで、何かのタガが外れたのか、いきなりタルが爆発した。
「なんであんたみたいな男がアリストチュニック着てるわけ?!」
「ハァ?」
ヴァンの心底アホか、って顔が面白い。
てかあんたのアリストだったのか!
エラッタまで「アリストだったの」と小さく叫んでいた。
「脱ぎなさいよ、それは女の子が着るものよ。あんたみたいなのが着ていいものじゃないわ、あたしに寄越しなさい!」
「別に脱いでもいいけど、なんであんたにあげないといけないの?」
ヴァンはアリストチュニックの裾をチラリとめくって見せると、アホはほっておいて帰ろうぜ、という顔をした。
「それはあたしのものよ!騙してあたしから盗んだものよ、取り返して!」
その言葉で、ヴァンとシィルさんがキレた。
あたしは、あまりにも突拍子もない言葉に一瞬自分がどうしてここにいるのか忘れたくらいだ。
「あのなあ、嘘つくならもっとマシな嘘つけよな」
「ミリィさん酷すぎます」
でも、従者の男たちは、男のヴァンに容赦なかった。
あたしが飛び出す前に、従者のひとりがヴァンを突き飛ばしたのだ。
壁に押し付けられ、ヴァンが小さく呻いた。
それを咎めようと、シィルさんが飛び出し、逆にもう一度突き飛ばされた。
なんだと、女の子相手に酷くないか。
つーかさ、白魔にもっと敬意を払いなさいよ。前衛に比べて非力な後衛に手をあげるなんて、間違ってる。
手をあげるなら、モンクのあたしにしなさいよ。売られた喧嘩くらいいつでも買うだけの持ち合わせはあるのよ。
「ヴァンさん」
ヴァンをかばうように彼の目の前に身体を入れると、エラッタがヴァンに駆け寄って今にも泣きそうな声で名前を呼んだ。
っていうかあたしも泣きたいよまったく。
なんでこんなアホなのに巻き込まれなきゃいけないのかと。
「あのさ、白魔に暴力振るうってどうなのよ」
「うるせえな、黙ってろよデカ女!」
で、デカ女…。
ブチ、って何かが聞こえて、あたしの何がキレたのか、と思ったら。
「てめーがちいせえんだよ」
言葉と一緒にヴァンの拳が先に出ていた。
嗚呼やっぱりこの子手早いよ早過ぎるよ。
エラッタがやっちゃったって顔とやってくれてありがとうって感じの表情を複雑に組み合わせていた。
この子も見てて面白い。
「このやろ」
でも白魔、鍛えていても白魔。
一瞬あたしが呆然としている間に、ヴァンはあっさりと殴り返されていた。
うっは、待ってまてまて、ダメ!白魔殴っちゃダメだって!
あたしの足元に倒れるヴァンを慌てて起こして、とにかくどうしようかと考えていたら。
「やめて!」
シィルさんがそう叫んだ。
何かと思って振り返ったら、大きな影が、あたしの目の前に、いた。
ヴァンの目が開かれて、そして凄い音がした。
エラッタの悲鳴が耳に遠く響く。
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