クラインの呼び出しは不定期だった。二日連続でテルが来ることもあれば、1週間以上ないときもある。
その理由は簡単で、張り込みの時は呼ばれないからだ。
迷惑が掛かるといけないからと、メインLSのリンクパールをルルゥに預けてあるのもあって、本当にやることが減ってしまった。定期的にLSで行っていたリンバスやENM、アサルトに行かなくなるだけで随分と暇になったと感じる。
彼らからは安否を気遣うテルがあったが、HNMLSの方で厄介事があったので少し時間をおきたい、と言うとあっさりと納得してくれた。ルルゥだけが納得せず何度もテルを入れてきたが、最近は元気か、とか飯喰ってるか、とか、今度みんなで飲みに行こう、といった内容に変わった。それでも暇を見つけてはテルを入れてくれるルルゥに、まだ自分には帰る場所があるのだと思わされた。
いつ呼び出されるか分からない不安定な状況に、アルザビでぼうっと募集シャウトを聞きながら過ごすことが増えた。長時間、長いときは1週間単位で拘束されるメリポに行かなくなり、短期間の任務につくアサルトによく行くようになった。スケジュールの中心がクラインになったみたいで少し嫌な気分になる。
バルラーン大通りの隅っこに腰を下ろして、忙しそうに通りを走っていく冒険者を見ていた。
待っていたアサルトのシャウトがあったところで、聞き慣れた声が飛び込んできた。
『白門から、居住区に。すぐこれるか?』
僅かにイライラしている声のトーン。すぐに、行けるよ、とだけ応えて、ヴァンは立ち上がった。
気が重いのはいつものことだ。前に呼ばれたのは5日以上前だった気がするから、今回の張り込みはそこそこに長かった事になる。地上だろうか、それとも、空だろうか。長くやってないと、不意に懐かしくなって戻りたくなる。
謹慎処分が解けた今も、まだ戻らないのは状況が状況だからだ。アニスにはもう少し時間が欲しい、とだけ伝えた。アニスは少しだけ寂しそうに頷ずいただけでそれ以上聞いてくることはなかった。
「居住区のどこ?」
『入り口まで迎えに行く』
クラインと逢うのはもっぱらサンドリアかジュノで、アトルガン皇国で待ち合わせる事は殆どなかった。なんとなく嫌な予感がした。
居住区に入ると、入り口で立ち話をしている二人に目が行った。
アニスとクェスだ。壁に背を向けていたクェスが先にヴァンに気付き、その視線を追うようにアニスがこっちを向いた。
「ヴァン」
そう、名前を呼んだのはどちらでもなかった。
居住区の奥から、クラインが名前を呼んだのだ。クェスとアニスの視線がクラインへと移動する。クラインは知っていたのだ、白門の居住区入り口で彼らが談笑していることを。
一歩も動けなくなったヴァンに、クラインが少し声を荒げる。
「何をしている、早く来い」
「行かなくていい。うちのになんの用だ」
助け船はあっさりと出された。低い、アニスではないクェスの声。
そしてアニスの大きな手が、ヴァンの肩を抱き寄せた。
床に落としていた視線をクラインに戻すと、彼は唇の端をあげた。それはまるで罠にかかった獲物をみる目。
「来い」
たったそれだけの短い一言が、とてつもなく重かった。
アニスの手から、まるで零れるように離れていくヴァンの身体。辛うじて腕を掴んだアニスに、振り返ったヴァンが泣きそうな顔で一言囁いた。
「ごめん」
緩んだアニスの指からすり抜けるようにして、ヴァンの身体はクラインの元へ収まる。
「ヴァン」
ヴァンは振り返らなかった。
見せつけるかのように腰に伸びたクラインの手が、ヴァンの尻を掴んで撫で回す。
「やめろよ、こんなとこで…」
小さな抗議の声。振り返ったのはクライン。
アニスに向けられるのは勝ち誇った笑み。
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