あまり頻繁な活動をしていなかったとはいえ、今までしていたことがなくなると途端にぽっかりとスケジュールに穴が空くような寂しさを覚える。テルもメッセージも少なくなり、意外にも生活の半分ほどを、LS活動に割いていたのだと認識させられた。
あれから3週間あまり。
アニスは暇なのかと思うほど毎日テルをしてくる。
他のメンバも安否を気遣うメッセージを何通もくれた。多分、メンバは直接テルをすることも逢う事も禁止されているに違いない。アニスが差しいれだと言って、メンバから預かったお菓子や酒を持ってきてくれた。
あの日触られるのを怖がって以来、アニスは常にある程度の距離を置いて接してくれた。不用意に触れようとはしてこない。
ふと、あの黒魔道士とは思えない大きな手で、いつも頭を撫でられていたのを思い出す。
触れられるのが怖かったわけではない。
何故か、差しのばされた手が怖かった。
釣り糸を垂らす手を止め、ジュノの時計台を見上げると、約束の時間までまだ2時間もある。
今日はメインLSの方でENMだ。
暇つぶしに、と釣りを始めてみたものの、ジュノ港で釣れる魚などたかがしれていた。
さびき針にかかった魚が水面で跳ねる。
気がつけば、飛空艇が到着していた。
「飛空艇来てるぞ」
つくづく世間は狭いと思う。
何故こうも広大なヴァナディールの大地で、同じ人間を何度も見かけるはめになるのか。その声を無視して、ヴァンはもう一度竿を振った。
「乗らないのか、こんな所じゃろくなもの釣れないだろ」
「ホントに。あんたがかかった」
クラインが肩をすくめたのが見えた。
「なんか用」
「処分受けたってな」
ヴァンはそれに答えない。
釣り上げた魚を乱暴にリリースすると釣り竿をたたんだ。
「あんたには関係ない」
ヴァンはクラインに視線を向けることなく、立ち去ろうとする。
心臓の鼓動が早まり、喉の奥がからからに乾いてくる。こめかみが鈍く痛み、思考が黒く渦巻く。怯えは確実にクラインに伝わっていた。
「海メインだったElixirが地上に活動を移した、知ってたか」
Elixirはカラナックの所のLSだ。
最近はずっと海方面をメインで活動していて、地上に降りてきたのは先日のアスピドケロンが久しぶりだった。彼らが地上にメインを移すとなると、言葉の通じない怪しい機械的な集団も入れて6LSが地上でしのぎを削ることになる。
HNM戦闘に長けている上、戦力、戦略的に完成されたLSが地上参戦となるとその影響力は計り知れない。
「は、だからなに」
吐き捨てるように笑ってやる。
「それにあわせてお前の所も積極的に活動を開始してる」
「それで、次は狩れないから譲ってくれ?」
「…それもいいな」
笑みを浮かべたクラインに急に腕を取られてあわてて払いのける。
破裂しそうなほどに心臓が瞬間的に跳ねた。
「お前と引き替えならあの男は喜んで譲ってくれそうだ」
「ばっかばかしい、誰がそん、なっ」
もう一度強く腕を引っ張られ、ヴァンは思わず小さな悲鳴を上げた。握りしめた拳に力を込め、逆の腕でクラインに殴りかかるも軽く受け流される。
「離せ」
唇が戦慄いた。
「なんで俺を見た瞬間に逃げなかった」
息を飲んで視線を外したヴァンの髪の毛を乱暴に掴むと、クラインは自分の方へと顔を向けさせる。
「逃げられない理由をお前自身がよく分かってるんじゃないのか」
「…返せ、俺の画像」
「やらせてくれたら1回に1枚返してやってもいい」
ふざけるな、と言いかけた言葉は近づいてきた唇に驚いて呑み込まれる。
髪の毛を掴んでいた手を振り払い、ヴァンは後退った。
3週間前の出来事を思い出して肩が震える。
時間を掛けて僅かに表面を塞いだ傷口は、またすぐに抉られ、きっと癒えることはない。繰り返される脅迫と陵辱は、クラインが飽きるまで続くのだろう。
クラインが飽きるのは三日後か、それとも数年後か。
その間永遠とも感じる屈辱の時間を何度も味わうのだ。
画像がばらまかれたから、どうなのだ。
どっちがマシだろうかと頭を巡らす。
何度も身体を割り開かれて、奥を突き上げられる苦しみを許容するか、それとも。
冒険者を続けられなくなるわけじゃない、噂なんて我慢すればすぐに消える。
今までだって色んな批判を受け流してきた。今更、何を恐れる。
少し我慢すれば、そんなゴシップなんか右から左に消えていく。
ヴァンは肩の力を抜くと、ゆっくりと言葉を確かめるように言った。
「俺は、もう、お前とはやらない」
静かに首を横に振る。
声は僅かに上擦ったが、その時はそれが最善の策だと、ヴァンは愚かにもそう思ったのだ。
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