あれから1週間。
退院したケイさんは、体力が戻るまで故郷のバストゥーク共和国に戻ることになった。リンクシェルメンバに、お騒がせしてごめんなさい、と頭を下げて謝ったケイさんは随分と持ち直した感じがした。俺は結局そんなケイさんを遠巻きに見ていることしかできず、近くに行くことすら出来なかったけれど。
ジュノから飛空艇にのって帰るケイさんを、グラールはバストゥーク共和国まで送って行くと言った。ケイさんはそこまでして貰わなくても帰れるよ、と笑ったけど、グラールは頑なに譲らない。
「もう、馬鹿な事はしない」
そう言ってグラールの袖を握ったケイさん。その表情に心が針千本を喰らったように痛んだ。俺はそれ以上見ていられなくて、逃げるようにジュノ港から逃げだした。
ケイさんが病院で気付いたとき俺はいなくて、後でモモに聞いた。グラールが目を覚ましたケイさんの頬を叩いたこと、怒ったこと。その後で謝って強く抱きしめたこと、ケイさんが大泣きしたこと。
グラールは本当に普通の男だったから、同性に好きだと言われて戸惑った。ケイさんに惹かれていく自分をおかしいと、そう思うのも無理はない。だから彼は逃げたのだ。
失恋した事なんて、モモに言われなくたって理解した。
モモはそれ以上言わなかったけれど、ケイさんが病院に居る間、グラールが毎日花を持って見舞いに行っていたことを俺は知っていた。グラールが持って行ったのは毎日違う花だ。それは普通に店で買えるものもあれば、入手困難な珍しい花もあったように思う。なあ、分かるだろう。俺が入り込む隙間なんか、最初からなかった。
逃げ出して、上層のあの場所に立つ。
ケイさんはここから何を見ていたのか、それが知りたくて。
何も見ていなかったのかもしれない、空を見ていたのかもしれない。誰かのことを、それが誰の事だなんて分かりきってるけれど───思っていたのかもしれない。
俺だってケイさんのことを思ってる。
失恋ってこんなにも胸が痛いものだったのか。
ケイさんは、こんな痛みを四ヶ月も引きずってきたのか。じわりと滲んだ視界に慌てて鼻をすすって耐える。
「よう、やっぱりここに居たか」
その声にどきりとして振り返った。
そこには、バストゥークの礼服にラフな下衣をはいたケイさん。
「お前に、言わなきゃいけないことがあってな」
俺の気持ちなんて、きっとケイさんには何一つ伝わっていないのだろう。
「お見舞い、全然行かなくてごめん」
「俺はてっきり、お前が俺と顔を合わせづらいんだと思ってたが」
話をそらそうと発した言葉は軽くかわされて、ケイさんは思案するように少しだけ俯いた。
「お前のせいじゃないからな」
不意に見上げられる。ケイさんの瞳が俺を写した。
「俺が弱かったんだ。お前を傷つけて、ごめん」
ごめんな。
そう言って、ケイさんは笑った。
『ケイ、そろそろ飛空艇が来る』
リンクシェルからグラールがケイさんを呼ぶ。ケイさんは分かったよ、と返事をしてから、もう一度俺に向き直った。
「じゃあ、俺行くわ」
前もこうやって、グラールの所へ行くケイさんを見送った。
あの時、彼の手を掴んでいたら、何かが変わったのだろうか。そう考えて、すぐに首を横に振った。例えそうしたところで、ケイさんは困ったように笑って、離せよ、と言っただろう。
ひらひらと振られる手。
小さくなっていく背中。
───俺の恋は終わったのだと、頬を伝った涙が一滴。
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