色々と教えてもらいながら買い物を済ませ、家に戻ってくると既にジズは処分されていた。
ちょっとだけ泣きそうになったけれど、彼が後でパマママフィンを作ってくれるというから潔く諦めた。パマママフィンは初めて聞く。
お菓子だというから、きっと甘くてふわふわしているのだろう。
彼が癖のある字で、羊皮紙に材料を書いてくれた。
ゆっくりとひとつずつ説明を受けながら、コカ肉の煮込みを作っていく。彼は殆ど手を出さず、俺の作業が終わるのをちゃんと見届けてくれた。
俺は食卓を囲むという意味での食事の相手としては最低で、特にここ数年は「食事」とは空腹を満たすものではなく「餓え」を凌ぐためのものでしかなかった。当然それは食卓にのぼるようなものでもない。温かくて、満たされる「食事」というものを久しぶりに思い出させてくれたのはルリリやレヴィオだった。上手に出来たら、レヴィオの次にルリリにも食べてもらおうと思う。
最後の仕上げと味を調えて、弱火で煮込む。
ことこと、と蓋が音を立てるのが心地よかった。
「もうちょっとだね」
片付けとマフィンの製作に取り掛かった彼に礼を言う。
煮込まれ続けるコカ肉の入った大きな鍋の前でじっと待つ。あと、どれくらい。どれくらいで俺はこれを持って帰れる。レヴィオは喜ぶかな。美味しいって言ってくれるだろうか。
あたたかい気持ちに、なってくれるだろうか。
「だいじょうぶだよ」
見透かしたように彼はそう言って笑った。
「ただい、」
突然扉が開き、当たり前だが部屋の主が帰宅した。
「おかえり」
間延びした声が主を迎えた。
「あ、邪魔、してる」
「あ、あぁ。いや」
俺を見て明らかにかたまったこの部屋の主、ツェラシェルはきっちりと締められたタイを緩めながら俺の顔と床を交互に見比べた。
「あせかいたでしょ、せんたくしとくからタバードかごにだしといて」
プークの卵を器用に割りながら言ったその台詞に不覚にも俺は生活という言葉を思い浮かべた。そう、彼らはここで生活しているのだ、と。
ここでは緩やかに、穏やかに時間が刻まれていく。
その中で俺という存在はとても異質に感じた。
「いごこち、わるい?」
そう聞かれて首を横に振った。
「ううん、ユキは、幸せなんだなと思った」
彼は一瞬驚いたように目を細めて、そして本当に幸せそうに、笑った。
もしかしたら俺はずっと罪悪感を抱いてきたのかもしれない。それこそ、大聖堂で出会ったときから。
身代わりの、いけにえの羊だったのは俺だった。俺であるべきで、俺であるはずだった。
「よかった」
「カデ、なかないで」
言われて、抱きしめられるまで泣いてることになんて気付かなかった。二人でぎゅっと抱き合ったまま鼻をすすっていたら様子を見に来たツェラシェルの声が聞こえて、すぐにユキがあっちいっててと返していた。
「ほら、もうできたよ」
味見しよう、そう背中を軽く数度叩かれて、俺はようやくユキから手を離した。ユキは火を止め、小さな器によそってくれた。なんとなく躊躇っている俺を後押しするかのようにユキは言う。
「だいじょうぶだよ。カデがいっしょうけんめいつくったんだから、おいしいにきまってる」
俺は自分の味覚が信じられなかった。
いや、たとえ自分が美味しいと思っても、レヴィオが美味しいと思ってくれるか不安だったのだ。
愛情は最高の調味料。俺は、ちゃんと美味しく作れたのだろうかと。
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