────向けられる憎悪の視線。
それは彼女だけからではなかった。
当たり前だ。マクヴェルとは何度も通っているが、このリンクシェルのメンバとは一部しか面識がない。ましてや、リンクシェルでの活動に顔を出すのは今回が初めてになる。
今日、欠席が多くて人が欲しい。
見え透いた嘘にまんまと騙されて、安請け合いした結果がこれだ。中央に侵入するのに、固定活動をしているメンバに欠席が多ければ延期するのが普通だというのに。こんな形で、手に入るなんて思わなかった。
メンバの一人が中々受け取りに来ない俺に、半ば押しつけるようにして未だ脈打つ心臓を渡してくる。
受け取った瞬間、大きく脈打った心臓は俺の手の中でただの塊になった。
他にも取得した人がいたにも関わらず、社交辞令のおめでとう、ありがとうのやりとりはなかった。ただ皆無言で、淡々と事の成り行きを見守っているようにも見える。その場の空気は張り詰めていて、彼女はうつむいたまま顔を上げることはなかった。
「じゃあ素早く撤収」
マクヴェルの抑揚のない声だけが、中央塔に響き渡った。
複雑な気分。
そうとしか、今の自分を表現する言葉を知らない。どうしたら良かったのかなんて、結果論でしかない。
受け取れない、と断ればよかったのにそうしなかったのは、喉から手が出るほど欲しい心臓だったからに他ならない。これが他のものだったなら、すぐに辞退していただろうに。後悔しても遅い。一度自らの手で掴み上げた心臓を、やっぱり受け取れないと、彼女に渡すことなんて出来そうにもなかった。
これを渡せば念願の革鎧が手に入る。
呆然としながらも、心臓を持っていた革袋に入れて抱えた。正当な報酬とは思わなかったけれど、礼を言おうとマクヴェルの端末に連絡をいれてみたが、忙しいのか返事が来ることはなかった。忙しい理由なんて、ひとつしか思い当たらないが。
白門に戻り、その足でそのままマウラ行きの蒸気汽船に飛び乗った。出航待ちをしていた汽船は、俺が飛び乗るのと同時にゆっくりと動き始める。
乗客は俺だけ。安堵の溜息。
今は一人になりたかった。
三等船室とは名ばかりの貨物室の隅で、今度はゆっくりと壁に背中を預け目を閉じた。
波に揺られながら、マクヴェルと行ったリンバスのことばかり思い出す。かぶったチップは手分けして持ったから、もしかすると今日のチップは一緒に行ったときのものかもしれない、とか、自分の心を納得させる為の言い訳にする。たとえそのときのチップだったとしても、固定で活動しているメンバの了承もなしに手伝わせていいものではないのは分かりきっていた。
思考は滅茶苦茶で、よく分からない感情の波に身体ごと揺さぶられる。抱きしめた心臓が自分の身体と同化するのではないかと思う程強く胸に抱いた。
もう幾度となく通った中央塔。
この心臓は多分俺の心臓なのだ。
いつしか眠ってしまったのか、まもなくマウラに到着します、というアナウンスで目が覚めた。
目の端に流れた涙の痕を見つけて、軽く擦る。夢の内容は何一つ覚えていなかったが、きっとろくでもないものだと断言できた。
船は苦手。
海は苦手。
港が近づいてきたのが汽船の動きで分かる。
荷物を確認して、下船の準備をし始めると腕の中で心臓が脈打った気がした。
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